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SHAME -シェイム-

 17,2012 22:25
先日、映画「SHAME-シェイム-」を観てきた。

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「SHAME-シェイム-」公式サイト


主演は、去年、やおい脳を超刺激された「X-Men ファーストジェネレーション」で主演していたマイケル・ファスベンダーだし、今作品ではセックス依存症の男を演じているということだし、なんだか面白そうだなぁとは思っていた。


公開前から性描写が過激でファスベンダーの脱ぎっぷりがハンパないと聞いてはいたのだけど、主演男優賞にノミネートされたゴールデングローブ賞で、受賞したジョージ・クルーニー兄貴が、ファスベンダーのチ●コの立派さを絶賛したと聞いた時には、「それは……確かめないと!」と、ますます観たくなったものですよ、ええ。


まあ、18禁指定はされるものの、日本公開時にはボカシを入れられるかもしれないとどこかで聞いたことがあったので、大きさの真偽よりも、ボカシの有無の方が気がかりではあったのだけど。


実際のところは、ボカシは入ってるところと入っていないところがあった。しかし一体どういう基準で入れたり入れなかったりしているのかは、さっぱり不明。


冒頭、ブランドン(ファスベンダー)がベッドから起き上がって素っ裸で部屋を歩くシーンでは、ボカシなし。でも、同じアングルの2回目のシーンではボカシあり。


コールガールや行きずりの女性が登場するベッドシーンではボカシあり。


でも、ブランドンの妹・シシーが勝手にブランドンのアパートに押しかけ、シャワーを浴びているシーンはボカシなし。


――ベッドシーンではボカシを入れるけどそれ以外のシーンはボカシを入れない、というわけでもないし、アンダーヘアを全部剃ってる(つまりパイパン)場合はボカシを入れる、というわけでもないのよね。だって、ブランドンの起き抜けシーンでボカシが入っているのといないのとがあるんだもん。


一緒に映画を観たKさんは、「ボカシなしは、サービスだったのもよ~」などと言っていたけど、そんなハンパなサービスなんていらないわ! いっそ全部ボカシを入れずにいてくれてもよかったのよ!?


なんだか、表現規制への抵触を恐れて自主規制しているBLみたいだな。


そんなわけで、釈然としないボカシ対応だったこともあり、ファスベンダーのチ●コは確かに立派そうでした、としか言えないのが残念だ。


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時々、ジェレミー・アイアンズに似てる気がしたブランドン演じるマイケル・ファスベンダー。気のせい?


ところで、ボカシとかチ●コとか下世話なことをボヤいたけれど、作品自体は、そんなことはどうでもよくなるような、心の内側を引っ掻かれるような内容だった。


――前フリも長いけどここからも長いので折り畳みます。
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ニューヨークに暮らし、仕事もスマートでソツのない独身男ブランドン(マイケル・ファスベンダー)。彼は、仕事以外のすべての時間をセックスに注ぎ込んでいた。中毒といっても過言ではない。行きずりの女性やプロの女性との一夜限りの情事、シャワールームやオフィスのトイレでのマスタベーション、ネットでのポルノ動画の収集……。ありとあらゆる性欲を処理する行為によって日々をやり過ごしていた。ところが、こうして確立されたシングルライフを過ごすブランドンのアパートに、妹のシシー(キャリー・マリガン)が転がりこんでくる。他者の愛を渇望し、激情の塊となって生きるシシー。人との心の繋がりを一切求めず、感情を排して生きてきたブランドン。激しく衝突する2人の想いはすれ違い、それぞれの孤独を更に深めてゆく。そんなある日、ブランドンの元に衝撃的な連絡が届く……。


観終わってすぐにガツーンとくるわけじゃない。でも時間が経つほどに、ボディブローのようにジワジワと痛みが強まり、自覚するような感じ。


その痛みは、ブランドンがひた隠しにしている“恥(shame)”や、恐らくブランドンは容易に抜け出せないであろう“心の闇”に、わたしの心が共鳴した痛みなんだ、と思っている


実は作品の中で、ブランドンが抱える“恥”は明かされない。ブランドンがそれを自覚し、意識して隠しているのかどうかさえ、ハッキリとわからない。


さらに、ブランドンとシシーには、なにやら曰くありげな過去があるようなのだが、それも明らかにされない。多分、その過去がブランドンの“恥”と彼のセックス依存症に大きく影響しているらしいと、匂わせるだけだ。

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歌手のシシーがスタンダードナンバーの「ニューヨーク・ニューヨーク」を歌うシーン。この歌の内容も、なんとなくこの兄妹の過去を暗示しているように思える


ブランドンは、他人との心のつながりや関わりを求めようとしない。ある意味自分の殻に閉じこもっている。だからセックスにも性欲の解消だけを求め、恋や愛を求めない。それゆえセックスの相手は、コールガールや行きずりの女ばかり。そうでなければマスターベンションをしている。

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自宅のPCは、ポルノサイトにつなぎっ放し。ある意味“勤勉”な感じ


シシーと再会していろいろあったことで、恋愛アリのセックスを試みようとするのだができず、ブランドンは呆然としてしまう。だがその直後、コールガールとはセックスできてしまうのだ。


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同僚のマリアンヌとデートのシーン。このシーンの、お互いを探り合うような会話がいかにも最初のデートっぽく自然で、すごい、と唸ってしまった


このシーンが、ブランドンの“恥”を最大限分かりやすく暗示していると思う。このシーンを観てからは、ブランドンのセックス依存症も、「心はつなげられないけど、せめてセックスを通して身体だけ他人とつながろうとする、ブランドンの切実さの表れ」のように思えて切ない。


また、シシーと言い争いをした後に町を彷徨うブランドンは、わざわざカレシ連れの女性をきわどくナンパしてカレシから殴られ、ハッテン場で男性とセックスし、女性2人と3Pをして――と、とにかくヤリまくる。字面だけ見たらポルノそのものだけど、スクリーンの中のブランドンは、まるで自分を痛めつけているように見え、いたたまれない。

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兄とは真逆で恋愛依存症っぽいシシー。恋愛に溺れて無闇に愛情を求め、相手から捨てられるのを繰り返す。演じるキャリー・マリガンの危うさがとても印象的でキュート


ブランドンのセックス依存症は、シシーの自傷癖と同じものなのかもしれない――って、こんなにいろいろと考えさせられたのは、妙に詳細を語っている公式サイトを読んだからなんですけどね。あの詳しさ、罪作りだわ……!


結局、ブランドンがセックス依存症を解消できたのかどうかは、わからない。わからないまま、今日は昨日の続きでまたそのまま明日へ続く、とでもいうように、淡々としたブランドンの日常の通勤風景で終わる。

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ラスト近く、いろいろありすぎてブランドンが慟哭する数秒前。ファスベンダーの演技は本当に素晴らしかった


ブランドンやシシーに多大な影響を及ぼしているらしき“過去”が明らかにされないだけでなく、ブランドンが自分のことを語らないおかげで、後からいろいろ考えずにはいられない。そして考えれば考えるほど、ブランドンの絶望的なまでの孤独さを想像してしまう。前宣伝の“過激な性描写”はちっとも過激だと思えないどころか、あまり思い出せなくなるほどだ。


こんな作品、インディペンデント系にしてもアメリカから出てきたのってすごいなぁ! と思っていたら、製作国はイギリスでした。監督がスティーヴ・マックイーンって、かの有名な俳優と同じ名前なので、勝手にアメリカだと思っちゃったんだよね。でも製作国がアメリカじゃないっていうのは……なんとなく納得なんだ……。<かなり失礼


当然、エンディングクレジットの間に席を立つ気にはなれなかったのだけど、ここで意味不明な事態が発生。


クレジットは大抵、主役をはじめ出番が多くて重要な役の順に、それを演じた俳優の名前が流れてくるけど、主演のファスベンダーの次にクレジットされていたのが、物語の冒頭とラストに地下鉄内でブランドンと視線を絡ませる女性を演じた女優の名前だったのだ。


聞いたことのない女優さんだし、役柄も、確かに暗示的ではあったけど本当にブランドンと視線を絡ませるだけ。


「どうしてファスベンダーの次は、あの女優さんだったのかしら!? 何かわたしたち、見逃したっけ!?」と、Kさんと一生懸命考えたのだけど、まったく見当が付かない。


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これは映画が始まってすぐのシーン。ファスベンダーさんのガタイはマジでいいガタイだったっす!


――これはまた、機会を見つけてもう一度、いや二度でも三度でも観て確かめべきかもね。ファスベンダーのチ●コと合わせてね!<それはもういい


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