≠ ノットイコール(池玲文)

 19,2012 18:05
近親相姦モノは“アタシ倫”に触れてるんだよなぁ……という苦手意識を吹き飛ばす大胆な設定に唸った1巻から、1年ちょっと。待ちに待っていた2巻は、いろいろと深かった……。


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《明日、俺は父親に呪いをかけた――》幼少期に別離した父親との再会を果たした直後、突如22年前にタイムスリップした凉! 時は、バブル絶頂期の昭和。そして、そこには三つ年下の父・果がいた…! 慣れない環境と、現在へ戻れない不安から焦燥感を募らせる凉だったが、透明な果の存在に癒され、その感情がやがて形を変えていく…。池 玲文が放つ、本格長編意欲作、第一巻!!


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「自分の息子だって知ってたら、寝たりしなかった」22年前から現代に戻った凉の前に現れたのは、22年後の”愛する人”だった。時を経て現れた凉、つまり息子を果は頑なに拒絶する。しかし、つい先ほどまであんなにも愛し合っていた余韻を忘れられない凉は、強引に果に迫るのだった。愛するとは、幸せとは何かを問う異色作・完結巻。


22年前へとタイムスリップした先で、自分より3歳年下の父親・果と恋に落ちる主人公・凉。タイムスリップして若い自分の親と……という設定自体は、新機軸ではないと思う。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でも、主人公と未来の母親がほんのりラブな感じになりかけていたし。


でも父親だとわかっているのに突っ走り、しかも現在に戻って恋愛関係について苦悩するというのは、大胆だなぁと思う。


話の展開としては、「父親とは知らずに恋に落ちた」というセンや、「父親だと思ったら実は違っていた」というセンもあったと思うのだけど、そんな逃げをうたず、近親相姦や同性愛というタブーやマイノリティについて、主人公に“当事者”として考えさせる


現在に戻り、果にキスをした後で一人で歩いている時の凉のこのモノローグ


不思議だな……。歩いてても誰も俺がついさっきまで父親に迫ってたなんて気付かない。そりゃそうか。罪を犯したって見た目が変わるわけじゃない
<略>
生理的嫌悪感の本質ってなんだ。世間の言う倫理ってそのコミュニティーにとっての都合に過ぎないんじゃないか?


これが、すべてを語っているんじゃないかしら。最終話の凉の果へのセリフ


世間の倫理観と俺達の幸せはイコールじゃない。でも人間って元々社会の秩序(ルール)ありきで存在してるわけじゃないだろ? 正しくある事が生きてるって事に真摯だとは限らない……。
俺達は無茶苦茶な出会い方してでもどうしたって親子で……きっと誰からも理解されないけどでも……果の幸せと俺の幸せだけはイコールじゃないか


にも、グッときた! 世間の倫理観と凉たちの幸せは”≠(ノットイコール)”、巧いなぁ……!


それにしても、いくらタイムスリップした先では年下だったとはいえ、未来の父親に恋愛感情なんてなぁ……と思わないでもないが、中学生の果があまりにもいたいけで素直で可愛らしく、こりゃぁ放っておけないよと思う。恋に落ちたのも、やむなし。


おまけに父親になっても、果はどこか浮世離れしていて頼りなく危うげだし、凉だけでなく、読んでいるわたしにとっても、果は凉の恋人にしか見えない感じだ。


池玲文さんのあとがきにある「倫理観はとても大事な感覚だからこそ、常に懐疑的でなければならない」という言葉に、激しく同意であります。本当にね、そういう姿勢は忘れちゃいけないよね。こんな移り変わりの激しい世の中に生きているなら、特にね……。


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