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女は“四十而不惑” -2- 「負け犬の遠吠え」(酒井順子)、「四十路越え!」(湯山玲子)

 28,2011 05:29
「負け犬の遠吠え」の中で、負け犬が存在する上で重要な要素として挙げられていた「お得感」と「可愛気」。偶然にもこの言葉を連想させるキーワードが、このエッセイでも取り上げられていた。



四十路越え!四十路越え!
湯山 玲子

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現実を自分らしく生きるなら“規格外”の女性になれ!本書は、アラフォーをターゲットにした新しい時代での女性の生き方戦術書です。男女雇用機会均等法のもと結婚と仕事の選択がより自由になり、ロールモデルがいない世代となったアラフォー。特に、四十路越えは「人生の大仕切り直し」時として重要な時期。この迷える世代が、それを迎えるにあたって必要となる女性の新しい戦術を、雑誌の連載やコラムなどを中心に活躍中の著述家・湯山玲子が、自身の経験や周りのエピソードをもとに、リアルにパワフルに、そして正直に綴った書き下ろしエッセイ。今までの日本女性たちへの呪いを解く本書は、これからの女性の新しい生き方バイブルとして必見の一冊です。今の四十路女が知っておくべき、本・映画・音楽・健康&美容アイテム……などの、データガイド付き。



一言でいえば、大変痛快なエッセイ。確かに、これまでの女性啓蒙本(勝手に命名)とは一味も二味も違う。現実的、かつあけすけだけど下品じゃない。著者の湯山玲子さんの経験に基づく「40代の生き方」についての知見の集大成、というのもむべなるかな。



ちなみにこのエッセイで触れられる「40代」は、未婚・既婚は関係ない。そして湯山さんは既婚である。子どもはいないらしいけど。



さて「お得感」と「可愛気」なのだが、湯山さんは



アラフォー以上で最強のモテ女になる道は何かと言えば、それは「オモロイ女」ということに尽きる。



と断言しているのだ。「オモロイ女」とはつまり、一緒にいて楽しかったり、趣味や仕事の方向性で話をすると面白くて尊敬されるような女性、ということ。一緒にいて楽しいとか、話をして面白いとか――まさに、「お得感」じゃありませんか!



「オモロイ女」について触れられているのは、恋愛についてまとめられた章でのことなので、「モテ」が前面に出ているけれど、別に色恋のモテに限らず、「あ~、この人といると楽しいわ~」と思ってもらえるというのは、年を取ればとるほどありがたいし大切なことだと思う。



だって、もう若くてピチピチしていてそこに座っているだけでカワイイ!なんてこたぁ、逆立ちしてもムリだもの。年を取って、「あの人、ほら、結婚してないから孤独だし……ヒソヒソ」などとミゼラブルな印象を他人に与えて余計な遠慮をされないようにするには、確かに、一緒にいて楽しいぐらいじゃないとダメかもしれない。



また、「四十路越え!」では、40歳からの女性の恋愛やセックス、仕事やファッションなどについて、非常にアグレッシブな提言をしているのが興味深い。



「アラフォーの恋愛は『すべて自分からはたらきかける』を肝に銘じろ! 良いと思ったら自分から誘え!



とか



「恋人として若い男を得たとしても、若い男は若い女に逃げていくものだというニヒリズムを持ち、自分にとって相手が必要であれば、相手が若い恋人と二股かける事実を受け入れてもいいんじゃない?」



とか



「仕事において、“take”に貪欲になっていいとこどりばかりするのではなく、“give”を惜しみなく発揮しろ!



とか



「仕事の場では、状況によっては喧嘩上等な技術も習得しておけ!



とか。



なんだか総じてバブル世代的特徴のように見えるなぁ……と、腰が引けてしまう就職氷河期のハシリに直面した第二次ベビーブーマー世代なんだけど、これらの提言の根っこには



女性にかけられた最大の呪い「女性は男性に選ばれてこそ女である」を蹴散らし、「選ばれるためのほとんどの努力は無駄であり、選ばれなくっても結構!」という心意気



が浸透している。「選ばれなくっても結構!」だなんて、「負け犬の遠吠え」で持ち出された「可愛気」とは真逆なんじゃないの?――と思える。



しかし、「負け犬の遠吠え」で重要だとされた「可愛気」とは、「負け犬としての弱味を開陳しつつも媚びているわけではない。『可愛い女の子』という時の可愛さではなく、『可愛いおばあちゃん』と言う時の可愛さと同種のもの」という、何だかわかるようなわからないような、モヤッとしたものなのだ。



もしかしたら湯山さんの提言を実践して年齢を重ねていけば、酒井さんの言う「媚びてない可愛いおばあちゃん」になれるんじゃあるまいか? <強引すぎ



酒井さんは「可愛気」のところで、「負け犬になってまでも、おばあちゃんになってまでも、可愛らしくあらねばならないというのは、なんだか虚しい」とボヤいている。



しかしそのボヤキを蹴散らすような勢いで、湯山さんは「40代からの人生は、男性や他人や世間にリーダーシップを預けず、自分が主人公だという感覚を心得えておくべし」と断言する。



さらにいえば、酒井さんは「負け犬が異性との出会い方として、見合いではなく恋愛にこだわるのは、『モテる人が偉い』という価値観の中で生きてきたから」と鋭く考察しているのだが



まるでそのアンサーのように湯山さんは、「女性誌の恋愛特集などで見かける、『いくつになっても恋する気持ちを忘れない』という文言ほど、キレイごとで実態の無い言葉はない」と切り捨て、「恋愛の原動力は性欲。性欲はセルフコントロールするべし」と容赦なく指摘しつつ、「男女の関係性が変化していることを認識し、『恋愛』に求めるものがデートなのか友情なのかセックスなのか因数分解したら?」と提言する。



この対比、著者同士の考え方や性格の違いも関係しているとは思うけど、それぞれのエッセイを著者がいくつの時に書いたか、も大きく影響しているような気がしないでもない。



「負け犬…」は酒井さんが30代後半の、「四十路…」は湯山さんが50代になってからの執筆だ。まさに「40代」を挟んだ、「体験前」「体験後」的な立ち位置。



そして、それぞれのエッセイが世に出た状況の違いも、内容にかなり作用しているんじゃないかとも思う。繰り返すけど、「負け犬…」が出てからの世間の激動っぷりはハンパじゃないもの。



まあ、両方読んだわたしとしては、「負け犬…」で負け犬として過ごすアラフォー人生への漠然とした不安に共感しつつ、「四十路…」で、腹括って生きてくしかないか! と元気づけられた感じ。



そう、どちらのエッセイも読み終わったあとは、



――四十にして惑わず、ってのは確かに言えることなんだな――



と思わされる。人生何があるかわからないとはいえ、もうこの先は負け犬として生きていくであろうと認識し、その上で仕事や健康や友情や恋愛やらとどう向き合うか考えて覚悟しなさい、と諭されたような気持ちというか。



腐女子であり続ける覚悟は、とっくにできているんだけどさ。



#「四十路越え!」で、日本の女性がセックスの際、「イヤ」と恥じらいながら次第に男性の攻めによって大胆になっていくという、一種お作法的な振る舞い(?)が指摘されていたけど、これ、BLの受けにも超あてはまるなぁ!と笑ってしまった。受ける方は一応「イヤ」と恥じらうのは、ニッポンのお約束なのね。



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Tags: 酒井順子 湯山玲子 エッセイ 負け犬 ジェンダー フェミ?

Comment - 1

2011.08.11
Thu
18:58

モテる女性 #Ylf3hgB6

URL

参考になりました。ありがとうございます

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