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17年前の「耽美特集」

 10,2009 12:54
実家で取っておいてある、昔の雑誌。
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CREA 1992年 6月号 特集「活字の力」。

どういう内容だったっけね……と思いながらめくっていて、この記事に思わず食いついてしまった。
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ライターは、翻訳家・作家の栗原知代さん。さらに、長野まゆみさん、榊原姿保美さん、山藍紫姫子さんのインタビュー記事もある。豪華ね……。

1992年って、もう17年前だ。その頃、わたしは今みたいにやおいやBLにはハマっていなかったんだよなぁ……! いや、この頃って、多分「BL」という言葉は使われてなかったんじゃないかしら……何しろ、記事のタイトルが「耽美小説」だもんね――。

記事の内容としては、こんな感じ。

■男同士の恋愛がテーマの小説や映画が女の子にウケているのは、無意識のフェミニズムである
■読者の女性たちは、日々、社会の中で性的魅力によって否応なく選別されているゆえに、耽美小説に逃避している。
■「同性愛」という設定は、新しい男女関係や家族のあり方を模索できる、ちょうどいい実験室かも?
■ところが、耽美小説内の男同士の世界が、美貌だけが武器の「美醜のピラミッド」によって歪んでいることがある。読者や作家の女性たちが現実社会での厳しい選別に傷ついているにも関わらず。これは「弱いものいじめ」と変わらない、あまりに危ない世界
■だから耽美小説にハマっている女性たちには、耽美小説を盾にしてでもいいから、外に出て社会に適応してほしい

17年前にもわたしはこの記事を読んでいたはずだけど、当時は「なんで耽美小説にハマるのがフェミニズムなんだろう?」と、残念ながら記事の内容を理解していたとはいえなかった。その頃の「耽美小説」は、わたしにとってはむやみやたらと悲劇的で陰鬱な印象が強く、ちょっと反感を感じていたし、大体、「フェミニズム」という言葉に腰が引けていたのだ。なんかヒステリックに権利主張するイメージが頭にこびりついていたんだもの。

でも今なら、「なるほどね……」と、ある程度共感できる。これまでアンケートを実施したり、いろいろな腐女子関連記事を読んだりして、確かに腐女子は、現実の男女関係では望めないことを、やおい・BL作品に求めているんだろうなぁ……と思うから。

筆者の栗原さん自身、男(そして世間)が求める「知性と意志を捨てた“可愛い女”」の枠に違和感を感じ、海外のゲイ小説を読みまくって紹介するうちに翻訳家となったという。なぜゲイ小説を読んでいたかというと、それは、「“男と女”ではなく“人間と人間の恋愛”が知りたかったから」。

これも、今現在やおい・BLにハマっている人には、ちょっと共感できる要素かもしれない。だけど、そんな栗原さんが、「世間のいう“可愛い女”の枠の方が間違っているのであり、そこからはみだしてしまうことは当然ではないかと気づき、フェミニストになって、ゲイ小説への関心が薄れた」と述べるあたりで、

――ああ、この人は“解脱”しちゃったんだな――

としみじみ思ったのだった。そして、

「耽美小説の“美醜のピラミッド”は弱いものいじめ」「耽美小説に耽溺することが、社会に適応する上での緩衝材となっているのはわかるけど、女性たちは耽美小説を盾にしてでもいいから、外に出て社会に適応してほしい」

と論じられていることに「鋭い!」うなずきつつも、“解脱”した人ならではの正論だなぁ……と思った。

正論が悪いわけじゃない。というより、正論は“正論”なので、間違ってはいない。だけど浮き世は、正論や原則ではいかんともし難いところが往々にしてあり……そして誰しもが正論や原則に従えるわけでもなく――だからこそ、やおい・BLが廃れることなく、17年後の今も支持されているという結果になっているのかもしれない、と思う。それはつまり、17年前も今も、いまだ男性や世間が設定する「可愛い女」枠がしっかり存在しているということかもしれない。

ただ、栗原さんの願う「外に出て社会に適応」という状況が、どういうものなのかが、今ひとつ想像できないのだけど、フェミニズムの観点から、発言や活動をしていくことなのかしら?

まあ、耽美小説とかBLを読む人みんながみんな、フェミニズムを意識したり求めたりしているわけでもないでしょうけど――とかいいながら、じゃあそれ以外は何なのかはわからないけど<どうしたいんだい

17年後の現在も、世間が女性に窮屈な価値観を押し付けているのに変わりはないとしても――やおい・BLの世界は変わってきているんじゃないかなぁと思う。何しろ今のBLに、かつてのような悲劇や陰鬱さは感じられない。それは、あえてそういう暗さを排除している結果かもしれないけど、そうでなければ売れないということでしょう? ――まあ、案外、ムリヤリ明るくハッピーエンドでなければ売れない、とするなら、ある意味、現在の方が病深いということかもしれないけど。

それに現在のBL、少数ながら、「美少年や美男じゃなくても主人公」という作品が増えてきた。おまけにハッピーエンド。これは「美醜のピラミッド」を、ちょっと打ち砕いている事態じゃなかろうか。

――17年前には「耽美小説とフェミニズム……わかんねぇ……」と思っていたわたしが、今は、かようにあれこれと思い巡らすようになっているのも、年月の流れた結果ということかもしれない。

それにしても「CREA」、あの頃のような尖がった感じが、本当になくなったよなぁ……そっちの方が、なんだか「長いものには巻かれろ」っぽくて、ヤバい気がするよ――。
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Tags: メディア サブカル 腐女子 耽美 フェミ? ジェンダー

Comment 2

2009.01.13
Tue
14:41

アラスカ #-

URL

>「CREA」
>尖がった感じが、本当になくなった

うわ、懐かしい!!!!。まさにその尖った時期のクレアを読んでいました。理屈っぽくて、いい感じだったよね。きっぱりした個性があって。中野翠さんとか書いてなかったかしら。
平凡な女性誌に成り下がった時はがっかりしましたよ~。

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2009.01.13
Tue
15:28

lucinda #-

URL

そうそう、中野翠さんとか、ナンシー関さんもコラムを持っていました。田中康夫と浅田彰の対談とか、山田詠美と中沢新一の対談とか!
なんかこうしてみると、「イキがっている感」はあるけど、ビンビンにアンテナを震わされる感じがします。わたしも、いつしか読まなくなりました……ああ、つまんないですねぇ……。

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