お約束の“難病”ではないけれど―「明日も愛してる」「恋は甘いかソースの味か」

 16,2008 23:57
古今東西、恋愛モノ(小説、マンガ、映画、演劇などすべて含む)における「難病」は、ストーリーを盛り上げたり引き締めたりするスパイスとして用いられてきた部分があると思う。けれども――以前にも打ち明けたことがあるように、個人的には、ストーリーに余命いくばくもない難病が安易に絡む恋愛モノは、勘弁してほしいと思う。

とはいえ、病にもいろいろあるわけで――。

近年、注目されている病には、“心”や“脳”が関わるものが増えていると思うのだが、今回取り上げる作品は、まさにそんな病が関係しているものばかり。

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深井 結己

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(あらすじより)朝、櫂は、知らない部屋のベッドで目が覚めた。眠りにつくまで櫂は18歳だったが、枕元に置かれたファイルには「現在のおまえの年齢は35歳」と書かれていた。戸惑う櫂の前に現れたのは、ツダと名乗る男で…。

これを読んだ直後、まっさきに思ったのは、

――なんてヤバい作家が出てきたんだろう――

ということだった。だって、13分しか記憶を保てない逆行性健忘症を患う主人公の葛藤はもとより、彼の周りの人たちが苦労している様子が、実に淡々と描かれていたから。

しかも、この「逆行性健忘症」にかかっている櫂、18歳以降の記憶をほとんど失っているという有様。だからこそ「ハウスキーパー」と名乗るツダこと津田悠児が、かけがえのない恋人でずっと櫂を支えてくれているという存在だということを、正しく認識できない。

なんという悲劇。

ストーリーには、そんな櫂の混乱ぶりがとてもうまく描写されていて、「こういう症状の人を作者は実際にご存知なんだろうか」と思うほど。13分しか記憶を保てないとはどういうことなのか、非常にイメージしやすく描かれていると思う。

何より、櫂の最愛の恋人・ツダが、何があっても櫂を見捨てたり突き放したりしないところに、グッとくる。櫂がとんでもない勘違いをして暴れても、罵っても、我慢強く「ハウキーパー」を基本に、「櫂をナンパした男」や「デリヘルの客」を演じて櫂のそばを離れない(というか、この役柄は、いかにもどっちもエロ方向に傾いている感じだ…)

ストーリー中盤で、つかの間、櫂の思考がクリアに冴え渡り、櫂自身が自分の状況を把握する場面がある。そのときの櫂は、確かに、それまでツダを振り回していた櫂とは違う振る舞いを見せる。この書き分けがウマい。

同時に、この場面でツダが、「どんなことがあっても自分は櫂のそばにいられて幸せだ」と思っていることが判明する。この場面があるからこそ、ツダのことを過剰に“可哀想”と思わずにいられるんだろうなぁ……。

櫂の病は治らない。それどころか、今後ますます深刻な状況に陥るのも否めないことが、ストーリーの中で示唆される。それでも――そんな櫂を献身的に支えるツダがいれば、大丈夫だと思えてしまう。というか、このストーリー、櫂とツダの、たった1日の出来事を追ったものになっているのだ。なんちゅう濃密な一日。

ちょっと、映画「メメント」を思い出したけど、アレに比べたらかなりハッピーな締めくくりだ。

安芸まくらさん、新人作家なのかと思いきや、そういうわけではないのですね。これまでの著作はこれから手に入れるとして――しかし、Hoilly Novels、作家の選定がマニアックだなぁ……。

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久我 有加

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(あらすじより)上司のパワハラが原因で人の視線が気になり始め、勤め先を休職していた亘。だが大のたこ焼好きの亘は、その日勇気を出して評判のたこ焼屋に足を運んだ。そこで再会したのがかつて通勤電車のなで知り合い、たこ焼談義を交わしていた徳田。彼は脱サラし、たこ焼屋の店主となっていたのだ。徳田の視線にはなぜか緊張を覚えない。亘はリハビリを兼ね、彼の店を手伝うことになるが…?ソース風味、ナニワの恋の物語。

今年に入って、集中的に読んでいる作家の一人、久我有加さん。芸人シリーズにヤられたのがきっかけなのだが、それ以外の作品も、けっこう好み。なんというか、大阪弁はもちろん、そこで繰り広げられる日常を淡々と描写している感じが、好きなんですよ。

そしてこの作品。主人公は、この不況にも関わらず、運よく私立高校の教師に採用された亘。ところが上司である教師のパワハラのおかげで、人の視線が気になり、ついには休職に追い込まれてしまう。これ、対人恐怖症の一種で心の病。しかし亘は、精神科など心の病に関する病院にかかる勇気を持つことができず、休職を選ぶ。

この亘の気持ちの動き、ものすごく現実的だと思うのだ。自分はおかしいと思いながらも、でも「疲れているだけ」「いずれ治る」と信じようとするのは、一度でも心の病を疑ったことのある人なら、共感できるんじゃなかろうか。

そんな亘を救うのは、脱サラしてたこ焼き屋を始めた徳田。

徳田は亘の病を理解し、その克服を手助けするのだが、実は徳田自身も心の病を患っていることが、ストーリーの後半にわかる。多感な時期、偶然とはいえ、あまりにも多くの身近な人の死を経験した徳田は、亘を失うのではないかという強迫観念に駆られてしまうのだ。

結局――亘は休職していた高校教師を退職し、大学時代の友人に誘われた塾講師も辞退し、徳田のそばにいることを決意する。それは客観的にみると、ものすごく「閉じた世界」を選択した感じ――二人だけで閉じこもることを選択した感じに思えてしまう。思わず、「それでいいのかよ」と突っ込み、個人的には、二人だけで完結してしまう世界を打ち破ってほしかったなぁ……と思いそうになる。

だがストーリーを追ううちに、たこ焼き屋の常連客の「保健室の先生」的役割を果たしているらしい亘の様子がわかり、

――まあ、ムリに心の病を克服させる展開よりは自然なのかな――

と思えてしまうのだった。これでもし、主役キャラ二人の心の病が読んでいて伝わらなかったら、きっと物足りなさ100倍だっただろうなぁ……。

心の病というと、「幼少期のトラウマ」といったモチーフは、BLでもちょくちょく見かけるような気がするが、「恋は甘いか…」のような症状は、BLではあまり見かけない。いや、もしかしたら取り上げられているのかもしれないが、不十分な描写や設定で終わっていることが多いのでは――ましてや、「明日も…」のような逆行性建忘症をや。

ま、ね。そりゃガンは怖いし、白血病も怖いし、心筋梗塞も脳溢血も怖いですよ? だけど、この不安定な世の中を生きる上では、体はともかく、心の病は決して他人事ではないはず。今後、現代人を蝕む「心の病」がしっかり描かれた、読み応えのあるBL作品を期待したいなぁ……と思うのだった。

ぜいたくすぎかしら。
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Tags: 安芸まくら 久我有加 深井結己 街子マドカ 複数レビュー

Comment 5

2008.09.18
Thu
00:15

miriam #SFo5/nok

URL

「明日も愛してる」は「博士の愛した数式」みたいな感じなのかしら…と、ふと思いました。
Amazonレビューもすごく良いみたいですし、ぜひ読んでみたいと思います~

編集 | 返信 | 
2008.09.18
Thu
09:31

月読 #-

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この「明日も愛してる」ワタシも読みたいと思っておるのでございますよ。
lucindaさんのレビュー読んでますます読みたくなったです!
ホリーはじめての木原以外の作家じゃないですか?
それも興味あったんですよね・・・。

まあワタシも難病恋愛モノは御勘弁願いたいほうでございますので最近一般小説(苦笑)読まないのはそのせいだったりします。

編集 | 返信 | 
2008.09.18
Thu
22:23

lucinda #-

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>miriam先輩
なるほど、そうかも……と「博士…」のあらすじを見てみたのですが、うーん、どうだろう。でも記憶を短時間しか保てないのは似てますね。
なんだったら、お貸ししますよ~。

>月読さん
そう、ホリー初めての、木原作品以外の作品です。でもね、木原作品と大きな系統は似ているかもしれません。やっぱり編集者の好みですかね。

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2008.09.20
Sat
15:18

アニス☆です #-

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チャンレジャーですねっ☆

こんにちは。
『明日も~』って、痛い話ですねぇ(><)
ここでレビュー読んでお腹いっぱいになりました。知らなかったら読めたかも(笑)って感じ。

これって『メメント』よりは『50回目のファーストキス』に近い感じがします。こっちは、1日程記憶が持続し、毎回ファーストキスをしてますよ。

編集 | 返信 | 
2008.09.22
Mon
00:19

lucinda #-

URL

>アニス☆ですさん
レスが遅くなってごめんなさい!

あああ、いや、「明日も~」、悪くないんですよ……! ちょっと胸が痛いところもあるんですが、全体的に、読み応えのある作品だと思います。気が向いたら、ぜひ……!

「メメント」は、殺人事件から遡るストーリーですからね。アレよりは数倍ハッピーです。そうか、「50回目のファーストキス」って、ありましたねぇ。未見ですが、アニスさんが書かれているように、毎回、ファーストキスをしている感じです、「明日も~」も。

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