ああ、諸行無常―「さようなら、と君は手を振った」(木原音瀬) 「37℃」(杉原理生)

 06,2008 23:13
毎度、覚悟を決めて読書に臨む木原作品。今回の新作は、久々に発売直後に買ってすぐに読んだほど、気になっていた作品なのだった。

さようなら、と君は手を振った (Holly NOVELS) (Holly NOVELS)さようなら、と君は手を振った (Holly NOVELS) (Holly NOVELS)
深井 結己

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従兄弟の氷見啓介が田舎から上京してきた。なし崩しに面倒を見ることになった誠一は、アパート探しを手伝いながらも、実は気まずい思いだった。十年前の夏、啓介に心酔した誠一は、「高校を卒業したら迎えにくる」と約束したまま、戻らなかったのだ。相変わらずのダサいメガネ、髪形、服装にうんざりしつつも、誠一は再び欲望のままに啓介を抱くようになる。しかし啓介は優しく受けとめるだけで…。

誠一視点の表題作、啓介視点で表題作後が語られる「僕がどんなに君を好きか、君は知らない」、そして啓介の息子・貴之と、啓介の同僚・柊がメインの「空を見上げて、両手を広げて」(2作)の、計4作が収録されている、けっこうボリュームたっぷりな作品。イラストも雰囲気に合っていてステキだ。

そして量だけじゃなく、質もやっぱり重めというのが、いかにも木原さんらしい。これを読んだ翌日は、なんだかずっといろいろうっそりと考えこんでしまったもの。

以前、「美しいこと」を取り上げた時、月読さんから、「追われていた側が、ストーリーの途中で追う側になる」というようなコメントをいただいていたのだけど、誠一×啓介の話は、まさにそう。

「さようなら…」では、どちらかというと誠一は「追われていた」。ま、追われていたより、啓介からひたすら愛されていて、彼はそこに胡坐をかいていたのだ。ところが「僕がどんなに…」では、誠一は一転、啓介を「追い続ける」。

読んでいるわたしも、「さようなら…」では、誠一の傲慢さや、わがままで見栄っ張りなところに反感を感じ、ただひたすら誠一を受けいれる啓介に、「どうして啓介、怒らない…?」と疑問を抱きつつも、同情のような、哀れみのような気持ちを感じるのだが。

「さようなら…」の5年後、妻の不倫によって離婚した啓介と誠一が一緒に暮らし始める「僕がどんなに…」を読み始めると、今度は啓介の何を考えているのかわからいところに不気味さを感じ、誠一の抱える不安にものすごく共感してしまう。

お前さ、本当は俺のことどう思ってるの」という誠一の焦りと苛立ちがのり移ったみたいに、啓介のセリフを固唾を呑みながら読んでしまうのだ。

――こういうところ、本当にうまいよなぁ……。お手軽に構成するなら、きっと「ワガママな誠一は啓介への思いに気付き、啓介は結婚を辞め、誠一の思いを受け入れて二人は幸せに暮らしましたとさ。ピース!」で終わっちゃうんだろうに……。

とはいえ、誠一の愛に漠然と不安や恐れを感じる啓介の、「僕はいつか飽きられるから…」「君にのめり込めばのめり込むだけ、あとで僕は立ち直れなくなるんだ」という言葉もわかる。そうそう、人の気持ちは、いつか移り変わっていくものだもの――お釈迦様だってそうおっしゃってるじゃない? 「諸行無常」だと――って。

そう、これを読んだ後、わたしは瀬戸内寂聴先生や、「あさきゆめみし」を思い出してしまったのだ。うーむ、啓介、女三宮と夕顔を足して2で割ったような感じがするんだけど、そりゃ毒されすぎかしら。

「空を見上げて…」は、貴之と柊の想いのすれ違いというか、かみ合わなさというかがクッキリ描かれていて、前2作とは違う角度で大変にがいのだけど、もうすっかり頭の中に寂聴先生や「あさきゆめみし」が居座ってしまったわたしは、ここにも仏教的思想を勝手に感じ取ってしんみりしてしまうのだった。

しかし、息子より愛人(=誠一)を選び続ける啓介って残酷だよなぁ……貴之があまりに可哀そうだ。

ところで、仏教的思想視点モード(今名づけた)にヒットした作品はもう一作ある。こちらもイラストが作品に合っていてナイス。

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北畠 あけ乃

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「悪いんだけど、俺をしばらく 泊まらせてくれないか」銀行に勤める野田に突然掛かってきた数年ぶりの電話。それは、大学時代の野田の秘密を共有する男、若杉からだった。泊めることを了承してしまえば、面倒なことになる…。そうわかっていながら、野田は頷かずにはいられなかった。とっくに終わったはずの関係だ…それなのに…? 静かな熱病のような恋が始まる!

杉原作品、手に入るものはすべて読んでいるのだけど、最初は「作風は砂原糖子さんと近いかなぁ…」と思っていたのに、「……いや、木原さんかも……」と思い直したのがこの作品だ。主役キャラの気持ちが丹念に追われるし、静かーにストーリーは進行するし、受けキャラの性格付けが複雑だし……。

若杉は野田のことを学生時代から好きだった。だが野田は学生時代、若杉と本気でつきあう気持ちなどなく、若杉はそんな野田の気持ちに気付いて、結果的に去っていく。

しかし大学を卒業して10年後、若杉と再会した野田は、自分はかつて若杉のことを愛していたと徐々に気付き始めるのだ。そして「いま別れたら、十年前のように傷つかないフリなどできない(あ、これ、「さようなら…」の啓介の気持ちにちょっと似てるな)と、若杉を失うことを恐れ始めるのだけど――

若杉は野田のそんな思いは知らず、あいかわらず「俺のことは、好きじゃないんじゃないか」と、不安を抱いている。

――ああ、わたしの頭の中で寂聴先生が、「愛別離苦(愛する者と別れる苦しみ)」とか「求不得苦(欲しいものが得られない苦しみ)」とかいう言葉を使って、こんこんと説教なさっていますぞ……!

若杉の一途さや不安だけでなく、野田の不安や恐れにも共感してしまう。「愛するアイツの気持ちは、オレは100%わかってるぜ。オレたち、相思相愛だもん」的ノーテンキBL(や少女マンガやハーレクインやら)が、ものすごくペラペラに思えてしまう、この重厚さ(ノーテンキも悪くないんだけど)

恋愛はもちろん、広く人間関係において、相手の気持ちを完全に理解できることなんてほとんどないのが現実だと思うもの。

かりんこさんによると、同人誌で発表された時よりは、野田と若杉の年齢は低く設定されているらしいのだけど(野田32歳、若杉34歳)、うん、これがもう少し高めな年齢だったら、野田の「若杉と別れた後の不安」や、若杉の「野田を諦めきれない気持ち」が、もっと切実に胸に迫ったかも。そうね、40歳近くがいいような気がするなぁ……。

実家はクリスチャンで本人は銀行勤めという野田の、「若杉との関係への後ろめたさ」や「世間体を考慮した離婚寸前の夫婦関係への静観」が描ききれていないような物足りなさを感じるけれど、これも読んだ後、しばらくしんみりいろいろ物思いに耽ってしまったのだった。若杉も、女三宮っぽいですかね。

そうそう、「37℃」では、野田の妻・菜穂子が哀れな存在だ。野田は結局、若杉を愛していたのだし、若杉以外はすべて「2番目以降」って感じだから――「さようなら…」の貴之が、決して啓介の愛を独り占めできなかったように。

――恋って、残酷ね。
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Tags: 木原音瀬 杉原理生 深井結己 北畠あけ乃 複数レビュー

Comment 6

2008.07.07
Mon
12:34

かりんこ #-

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lucindaさん、こんにちは。

仏教とBLなんていう新しい観点での考察、素晴らしいです!

あと、「37℃」の年齢ですが、ご推察の通り、若杉40、野田38となってました。やはりこちらの方がしっくりきますよね~。
ちなみに木原音瀬さんとの合同誌に掲載されてましたので、こうやって木原さんと一緒に取り上げているのも面白かったです。

・・・何だか久しぶりに「あさきゆめみし」も読みたくなってしまいました(笑)

編集 | 返信 | 
2008.07.07
Mon
23:06

lucinda #-

URL

かりんこさんのブログから、トラバやリンクをさせていただいたのに、何もご報告できずすみません。

やはり、若杉と野田、40近くですねぇ。うーん、そのくらいがいいですよね。
木原さんとの合同誌かぁ……こ、濃そうだ…! でも読みたいぞ……!
いや、「37℃」は、不思議に木原さんの雰囲気を連想させました。似てる、とかじゃないんだけど……トーンが同じというか……。

わたしも「あさきゆめみし」、キャラを検索しているうちに、また読みたくなっていたのでした(笑)。

編集 | 返信 | 
2008.07.08
Tue
17:25

月読 #-

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きゃーん!「寂聴センセ」と「あさき」がっ♪
うーん。
女三宮と夕顔を足して二で割る!
素晴らしい!ぴったり!「啓介」!
こういうタイプの人が一度情念に囚われてそこに身を沈める覚悟をすると、そりゃあもう!
えらいことですよね。
かないません。ほんと。
最近ずっと「源氏」のことを考えていたりしたので、なるほど~!と頷いております。
lucindaさんの分析はほんとうに興味深いです!
さっそく「37℃」を探さねば!(笑)

それにしても「木原作品」に出てくる子供たちは、そろって散々な目に遭うような気がするのはワタシだけ?(苦笑)

編集 | 返信 | 
2008.07.09
Wed
00:24

lucinda #-

URL

源氏のことを考えてらしたなんて……うーん、われながら、いいタイミングだったんですねぇ(笑)。
わたしは「37℃」→「さようなら…」の順で読んだのですが、なんか「さようなら…」を読みながら、ふと「37℃」を思い出していたのでした。今思うと、「37℃」の野田は、女三宮というよりは、葵上っぽいかもしれません<まだムリヤリ源氏にあてはめる……。

未読なら、「37℃」ぜひ。どっちかというと、Juneの香りがする……ような気がします。

木原作品に出てくる子どもたち、いわれてみればけっこうな目に遭ってるかも……!

編集 | 返信 | 
2008.07.13
Sun
14:15

高坂 みき #l/VZmCVM

URL

はじめまして、こんにちは~
「女三宮と夕顔を足して2で割った」という一言にすごく納得してしまいました。

初めて木原さんのこの本を読んだときは、はっきり言ってまったく受け入れられなくて、それでも最後まで読んだのですけど、たぶん2度とは読まないだろうなぁ
と思ってたのですが、なんだかもう一度読んでみたい気がしています(笑)

では!

編集 | 返信 | 
2008.07.14
Mon
00:19

lucinda #-

URL

高坂さん、コメントありがとうございます!

いやー、なんだかもう、「さようなら…」はけっこう読み始めてすぐ、「あさき…」を連想してしまったのです。たしかに、好き嫌いがハッキリ別れる作品かも……と思います。木原作品って、そういうのが、ちらほらあるような気がします…よね…?

これからもよろしくお願いいたします!

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