美しいこと(木原音瀬)

 06,2008 23:30
超個人的な感覚だが、木原音瀬作品は、読むときはもちろん購入する時も覚悟がいる。

容赦なく苦しく辛く、ときにイタい展開が控えていても耐えられるか?
主要キャラを好きになれなくても読み進められるか?
決して望んでいたようなラストじゃなくても受け入れられるか?

――そんな懸念が、わたしの購入意欲をセーブするのだ。とはいえ、読み始めたら中断することなどできないし、読んだ後にしみじみと感情に浸れるのも事実。ということは、読み始めたら、上の懸念はどれも呑み込まざるをえない。なんだかとってもハイリスク・ハイリターン。

この作品も、あちこちのブログやサイトで評判がよかったのだけど、「でも上下二巻だし、なんかイタそうだし辛そうだし、あとでもいいや……」と、完全に腰が引けていたものの一つ。それなのに奮起して読んだのは、もとさんから「全サの小冊子があるんですよ!」と教えてもらったから。もとさん、ありがとうございます。

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松岡洋介は週に一度、美しく女装して街に出かけ、男達の視線を集めて楽しんでいた。そんなある日、ナンパされ、散々な目に遭い途方に暮れていた松岡を優しく助けてくれた男がいた。それは同じ会社で働く、不器用で仕事ができないと評判の冴えない男、寛末だった。女と誤解されたまま寛末と会ううちに、松岡は「好きだ」と告白される。寛末の人柄に惹かれた松岡は、ある日、思い切って自分が男だと打ち明けるのだが、寛末は思わぬ態度を示してきて――。

あちこちのブログやサイトで指摘されているように、寛末の鈍感さ、頑なさにイライラして憤り、松岡のけなげさに胸が締め付けられるような気がした。でもねぇ……現実にいそうなキャラとしては、どう考えても寛末だと思うのだ。そして、そこが木原さんの巧妙な構成力のなせる業だとも思う。

逆にいえば、松岡はフィクションだからこそ存在しえるキャラというのかしら――よくよく考えてみれば、松岡も謎めいたキャラクターだ。だって、いくら別れた彼女が置いていったとはいえ、彼女の洋服や化粧品を試して、出かけてみようと思うものか!? いくら困っていた自分を助けてくれ、思わぬ思いやりをみせてくれたとはいえ、カミングアウト後もあれほどつれなく冷たい寛末のことを想い続けられるものか!? まあ、寛末への想いは、「恋に落ちるとはそうしたもの」と思えなくもないけど、なんだか松岡、もともとジェンダーやセクシャリティに固執しない性質というか、非常に柔軟な考え方の持ち主だったかとしか思えない。そして、鈍感で身勝手な寛末に何度傷つけられても一途に寛末を想い続けるあたり、こんな健気でデキた人はいない――と思わされるのだ。

そう、商業誌のBL作品としては、どっちかというと「現実にはなかなかいそうにない」松岡の気持ちを延々追って、250ページぐらいで「ハッピーエンド」のパターンが目立つ思う。でも、木原作品はそうじゃない。松岡の真心をまったく理解しない、頑なで鈍くて無神経な寛末の気持ちをこれでもかというほど切ってえぐって開きまくる。しつーこく細かーく追っていく。結果、単行本で上下2巻の長編作品になっちゃって、もう大変。

おかげで読んでいるわたしは、寛末の鈍感ぶりというか冷酷ぶりというかに呆れ果て、「なんでアンタは松岡の気持ちをわかってやれない!?」と胸倉をつかんで揺すぶってやりたくなるのだが――しかし、寛末の気持ちがまったくわからないのかといえば、そうじゃない。寛末の葛藤や、松岡に負けたくないというプライドが丹念に描かれ、思わず納得してしまうところもあるのだ。「寛末はひどいヤツだけど、彼の気持ちもわからないでもないっていうかぁ……」と。

――木原作品の「読んでいてしんどい」ところは魅力でもあると思うのだけど、その一つは、徹底的に「イヤなヤツ」として描かれているキャラの行動や考え方を、無下に「ありえない」と切り捨てられないとこじゃないかと思った。そしてよくよく見ると、木原さん、同じ言葉を近いところで何度も使ったりして文章的に雑なところがあるというか、決してうまいというわけではないと思うのだけど、それでもあの長い作品を「読ませる」というところは、やっぱりストーリーの構成や展開の仕方がうまい=話が巧いってことなのかなぁ……と思ったのだった。

そうそう、日高ショーコさんのイラストも、作品にぴったり合っていてよかったなぁ……。松岡のカッコよさ、寛末の垢抜けなさがしっかり表れていた感じ。

「美しいこと」の最後はハッピーエンドだけども、にわかに盛り上がっている寛末の松岡に対する積極性が気になって仕方ない。いくら「松岡からつれなくされたから」とはいえ、あそこまでいきなり積極的になるものかしら? あまりにゲンキンすぎないか、寛末? と問いただしてみたい。でも松岡の戸惑いながらも嬉しそうな様子がじーんと伝わってくるから、いいんだけどね。寛末、松岡を裏切ったら許さないよ――。

さてさて、これを読んだら、二人の「その後」が描かれているという全サ小冊子が気になって仕方ない。忘れないように申し込まなくては!
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Tags: 木原音瀬 日高ショーコ 女装

Comment 5

2008.04.07
Mon
18:59

カノアマスミ #RaJW5m0Q

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アレってハッピーエンドなんですか☆

そうなんですよね~木音さんの話ってイタいの多いんですよ。って言うか、全体的にそうだしアンハッピーエンドが殆どだって聞いてるます。文章はすっごくうまいってのは分かるし、出来たら読みたいんですが・・・・・途中せつないのは好きだけれど、アンハッピーは苦手なんです私、どうも。

木音さんのはでも「吸血鬼と愉快な仲間たち」って言うのは読みましたし、好きです。タイトルからしてアンハッピーでもなさそうだったので。

「美しいこと」、気になってはいたんですよ、実際。ハッピーなら安心して読めますね♪ 分かって嬉しいです。

編集 | 返信 | 
2008.04.07
Mon
20:48

月読 #-

URL

うふふ。

ワタシは「上」では断然「寛末」に肩入れしてました。えへへ。
で、「下」では、特に「愛しいこと」では「松岡」に肩入れ。
「追う人」に肩入れしちゃうんだよね。
「追う人」の無様さとか空回りしちゃう惨めさとか、そういうところ?そんなところが愛しいのよねえ~・・・。
だって「追われたこと」ないし、ワタシ(苦笑)

編集 | 返信 | 
2008.04.07
Mon
22:09

lucinda #-

URL

>カノアマスミさん
木原作品は好きだといいながらも、コンプしているわけじゃないのでなんともいえないのですが、ほとんどがアンハッピー作品……は言いすぎな気がします。まあ、そこはもしかしたら、読み手それぞれの感覚の差なのかもしれませんけども…。
「美しいこと」は、木原作品の典型のような気がしますが、どうかしら。でもハッピーエンドなのでぜひ!

>月読さん
そうだ!「上」は寛末が葉子を追って切ない感じでしたよね。途中で松岡が寛末に本気になってからの逆転ぷりが鮮やかだったなぁ…。うん、「追う人」の惨めさや無様さって、木原さんの作品ではよく描かれてますよね。わたしも、専ら追う方なので読んでいて苦しいのかもしれません……。うーん、さすが月読さん!

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2008.04.08
Tue
08:28

もと #4pDgvQA2

URL

遂に読んじゃいましたね!(笑)
私も読んでしばらく経って、やっと少し冷静に見れるようになった気がします。
読んでる時は、私も追う方に入ってたからな~(^_^;)
私は松岡がどうしてあんなにはまったのか、ちょっとわかる気がしますよ。
彼はかなりストレスに弱いんじゃないかな?
なのになまじ優秀なばっかりに、仕事でも人間関係でも気が付く、頼りになる「ある一定の状態」である自分を求められてて、それを敏感に感じ、なってしまえるけど、かなり疲れる。
女装して女として寛末に「ほっといても大事に扱われる」感覚を味わったから、もう一度あんな風にしてもらいたかったんじゃないかなって。
女と付き合うと、こっちが何かしてあげないといけないですもんね。気が回る分、疲れるでしょうね、Wデートのとこ見てても思ったけど。
何かで聞いてたけど、男を張るって感じの所に身を置いた人ほど女装に走る傾向にあるそうですよ。
松岡の一途に見えるアプローチも、引いて見れば落とす手管に見えなくもないですし。
…またまとまらないな(^_^;)
でもこの作品は好きです。既に何度か読み返したし。上手くその理由が説明出来ないんですけどね。

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2008.04.08
Tue
22:22

lucinda #-

URL

読んじゃいましたよ……読んだら止まりませんでした。やられた…!
わたしも何度か読み直してます。「それはヘンじゃないの?」と思っても、読んでいると「それもアリか」と思ってしまうんですよね。木原マジック恐るべし。

>私は松岡がどうしてあんなにはまったのか、ちょっとわかる気が
なるほどなぁ……。すごく両極端にふれているような気がするけど、そういわれてみると、そうなのかなぁ…と思います。男の人にとって、男であることを求められるのはストレスだと、何かで読んだなぁ……。
でも寛末の最後の積極性が、やっぱりナゾ……ま、それでハッピーになったんだから、いいんですけれどもね。ええ。

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