ボルベール(帰郷)

 29,2007 14:13
ペドロ・アルモドバルの新作をようやく見てきた。※ネタバレも含むので、ご注意ください。


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気丈で美しいライムンダは、彼女の留守中、失業中の夫が15歳の愛娘・パウラを襲おうとしてパウラに殺されたことを知り、パウラを守ろうと決意。必死に事件の隠蔽を図る。そのさなか、故郷の伯母の葬儀のためにラ・マンチャに帰郷したライムンダの姉ソーレは、大昔に火事で死んだ母・イレネの亡霊が、一人暮らしだった姉妹の伯母をこっそり世話していたという奇妙な噂を耳にする。


前から好きなアルモドバル作品だけど、これまでは大抵、ゲイやトランスジェンダーといったセクシュアルマイノリティのキャラクターや、何かのフェティストやストーカーなど激しい執着心を持った(というか、ハッキリ言って変態)キャラが、一人くらいは登場していた。


ところがこの作品には、そういうキャラは一人も登場しない。「アルモドバル作品なのに…わたしが見落としているだけ?」と内心思いながら、隣人の超ベリーショートの女性・アグスティナを「この人がまさか男とかいうんじゃ…」と勘繰ったほど、わたしにとってそれは、意外で新鮮だった。まあ、思い出の中でしか登場しない「娘を襲う父親」が異常ではあるけれど。


しかし見終わって、ひどく切実に死というものを考えてしまった。正確にいえば、「生前に気になっていたことを抱えたまま死ぬ」ということの切なさと重さ、といっていいかもしれない。


火事で死んだはずなのに「生き返った」母親・イレネは、ライムンダに赦してもらわなければ死ねないとつぶやく。ガンで余命幾ばくもないアグスティナは、失踪した母の行方を確信するまでは死ねないと嘆く。


2人のセリフや様子を目にすると、「死んでしまっては何もできない」という焦燥感と切実さがひしひしと伝わってくる。一方で、ライムンダやソーレは、困難や苦労にあいながらも、泣いたり笑ったり怒ったりしながら、毎日必死で生活しており、その姿は「生」そのもの。ストーリーが進むにつれて、生と死のコントラストが鮮やかに浮かび上がるような気がした。


――このごろ、神戸男子高校生自殺・恐喝事件や力士急死事件など、本当にやりきれないと思う事件が多くて、「実はこういう事情だった」「あんな事実が発覚した」と連日ニュースを読むたびに、「でも今、それがわかったとしても、死んだ人は戻ってこないんだよな」と重苦しい気持ちになっていたのだけど、この映画を見て、そういった事件が頭に思い起こされたのだった。被害者はもちろん、生前にいろいろ訴えたい気持ちがあっただろうけど――加害者も、仮に被害者に赦してほしい、謝りたいと思ったとしても、もうどうにもならない。そんな気持ちを背負ったまま死ぬのは並大抵じゃないよなぁ…と。


イレネの生き返りについては結局のところ――火事で亡くなったのは、当時付き合っていたイレネの夫とアグスティナの母の二人。そして彼らが密会していた小屋に火を放ったのがイレネだった。イレネは自首しようと思ったものの、ショックでボケてしまった姉妹を最後まで面倒見ようと、伯母の家に隠れていたのだ。


でもこのことを知るのは、イレネとアグスティナとライムンダと、多分ソーレだけ。そして、ライムンダの過去の秘密を知るのは、イレネと亡くなった伯母だけ。大勢の人に辛く苦しい思いわかってもらえなくてもいい、本当に聞いてほしい人がわかってくれれば…というメッセージが伝わってくるように思えた。


ストーリーの最後では、「アグスティナを最後まで看取る」と決めたイレネに、アグスティナが「あなたに聞いてほしいことがいろいろあるの」と訴える。そしてライムンダも「ママに聞いてほしいことがたくさんあるの。死んだ夫のこととか…」と取りすがる。二人にやさしくうなずくイレネの表情に、切ないけどホッとした。ライムンダもアグスティナも、苦しい気持ちを一人で背負って死なずにすむんだな、と思って。
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アグスティナが暮らし、ライムンダとソーレの故郷であるラ・マンチャは、強い風が始終吹き荒び、古くからの迷信や因習が残る寂れた田舎。この風景はもしかしたら、生と死の境界線を表しているのかもしれない。


それにしても、映画によって印象は変わるものだなぁとしみじみ思ったのが、ペネロペ・クルス。この作品の中では、きれいだけどスペインのたくましいおばちゃんにしか見えない。
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ここ最近、アルモドバルの新作が上映されるたび「全ての女性に捧げる…」的コピーがくっついているような気がするけど、そんな中でこの作品が一番心に響いた。うん、アルモドバル作品の中でも、かなり好きだな。


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Tags: 過去の出演クィア映画 アルモドバル

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