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オタク世界からあれこれ考えたら/「動物化するポストモダン」、「「性愛」格差論」

 05,2007 03:57
時々覗いているヲタサイトで紹介されていたので手にした本なのだけど――

動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会
東 浩紀

講談社 2001-11
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あちこちで行われる哲学的考察や、初めて知るアニメやゲーム作品からの引用などに戸惑い、なんだか思っていた以上に読むのに手こずったのだった。全般的に取り上げられている作品は男性オタク向けのものだとはいえ――わたしってバカだね。たまには難しい本を読まないとダメだね――と、ちょっと反省してしまった。

そんな風に自嘲しつつも、印象に残ったことはいくつかあり――

●オタク系文化の日本的特徴は、アメリカ文化から作られた
「オタク系文化の歴史とは、アメリカ文化をいかに『国産化』するか、その換骨奪胎の歴史だったのであり、その歩みは高度経済成長期のイデオロギーをみごとに反映してもいる」(P20)。例として挙げられているのは、リミテッド・アニメ(1秒につき8枚の動画で作られたアニメーション)の国産化。フル・アニメーションに比べて、キャラクターの動きがぎこちないらしいこの手法、短時間と低予算で効率よく作らざるをえなかったTVアニメに用いられたおかげで、クリエーターたちにとっては「ホントはフル・アニメで作りたいけど、しょうがないよな…」という必要悪的に捉えられていて、「日本のアニメ作品はアメリカより質が劣る」という屈辱感を抱え込ませていたらしい。まあ、その手法を逆手にとって、物語や作品の世界観を充実させた、ヤマトやガンダムが生まれたらしいのだけど。

さらに、「オタク系文化の『日本的』な特徴は、近代以前の日本(注:たとえば江戸時代)と素朴に連続するのではなく、むしろ、そのような連続性を壊滅させた戦後のアメリカニズム(消費社会の論理)から誕生したと考えたほうがよい」(P23。注は管理人)。著者によると、オタク系文化の日本への執着の背景には、敗戦による「伝統的なアイデンティティを決定的に失っていった」という心理的トラウマが存在しているのだという。一瞬、まさか…と思うけど、でも、これを読んでふと連想したのが、時代小説人気。いや、時代小説はオタク系文化ではないけれど、日本史の英雄や偉人たちを取り上げた歴史小説(司馬遼太郎や山岡荘八など)や、江戸時代の風俗や人情が渋く魅力的に描かれている時代小説(池波正太郎や藤沢周平など)がさまざまに出版され、映画・ドラマ化されて人気を博しているこの状況も、まったく無関係じゃない気が……。敗戦でスッパリ途切れたアイデンティティを、無意識に求め、形作ろうしているということなのだろうか。でもそうやって形作られたものは、多分、失われたものとはまた違うものになっているんだろうなぁ……ああ諸行無常。

●キャラ萌えは時代の必然?
例として挙げられていたのは、ガンダムとエヴァ。ガンダムファンは、ガンダムという作品の世界観や歴史観に惹かれ、それを充実させることに情熱と欲望を向けている。ところがエヴァのファンは、作品の世界観というよりは、二次創作的な読み込みやキャラ萌えの対象として、「キャラクターのデザインや設定にばかり関心を寄せていた」(P59)。

著者によると、キャラ萌え=データベース世界の特徴ということで、オタクの新しい世代(80年前後生まれ)は、初めからガンダムのような作品全体を見渡す世界視線を必要としておらず、「めがね」とか「メイド」とか「妹」とか、いろいろな「萌え要素」=データベースを単独で消費し、勝手に感情移入することに夢中になっている。なぜそうなったのかというと、まあ、現実世界の政治的・経済的イデオロギーの崩壊や変容なんかが関わっているということなのだが、ともかく、やおいやBLでいう、へたれ攻めとかオヤジ受けとか鬼畜モノとかも、データベースってことなんでしょうかね。

●オタクの消費行動はまるでジャンキー
「オタクたちの行動原理は…(中略)…冷静な判断力に基づく知的な鑑賞者(意識的な人間)とも、フェティッシュに耽溺する性的な主体(無意識的な人間)とも異なり、もっと単純かつ即物的に、薬物依存者の行動原理に近いように思われる」(P129)。うーん、これはなんとなく実感できる感じがする。あるキャラクター・デザインや声優の声に取り憑かれたように求めてしまうのは、大いに身に覚えがアリ。常々、依存症じゃないかとか中毒じゃないかとか思っていたけど、その直感は遠くはなかったのね。

でもわたしが一番ギョッとしたのは、男性オタクたちとロリコンものの関係(?)。「彼らは10代の頃から膨大なオタク系性表現に曝されているため、いつのまにか、少女のイラストを見、猫耳を見、メイド服を見ると性器的に興奮するように訓練されてしまっているのだ」(P130~131)。――訓練て! なんだかパブロフの犬みたいだなぁ…。

ちなみに、著作のタイトル「動物的」というのは、フランスの哲学者・コジェーヴが、戦後のアメリカで台頭してきた消費者の姿を「動物」と主張したところから由来している。動物はつねに自然に調和している生き物であり、与えられた環境を否定しない。「消費者の『ニーズ』をそのまま満たす商品に囲まれ、またメディアが要求するままにモードが変わっていく戦後アメリカの消費社会は、彼の用語では、人間的というよりむしろ『動物的』と呼ばれることになる。そこには飢えも争いもないが、かわりに哲学もない」(P97)という、ものすごくシニカルな定義なのだが、そうやって「動物化」しているこの世界を端的に表しているのが、オタクの世界ってことみたいだ、著者によると。そうですか…という感じではあるのだが、まあ、冷戦時代みたいな強力なイデオロギーが表れない限りは、その傾向は進んでいくんじゃないかと、やはり思うのだった。

「性愛」格差論―萌えとモテの間で「性愛」格差論―萌えとモテの間で
斎藤 環 酒井 順子

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負け犬、オタク、ヤンキー、腐女子といったキーワードをもとに、「男女が番わない理由を徹底究明」という、背表紙の紹介文に、なんだそりゃ…と思ってしまった。タイトルの「性愛」が、どう著作に絡むのかというと、ものすごく乱暴なまとめ方のだけど、格差が進んでいるといわれる現代、人は「性愛」ゆえに頑張りもするし、バカになりもするところに、人の「希望」があるのではないか――という見解というか考察というかに由来しているのだ。

これを読んだ後に「動物化する…」を読むと、ちょっといろいろ理解しやすかったかも――と思ったのは、なんというか、それぞれのキーワードについての「簡単な解説書」的な印象を抱いたからかも。別にそれぞれのキーワードについて、非常に深ーく考察されている、というわけではないのだけど、それももしかしたら、この著作が対談の形を取っているからかもしれない。

わたしが面白いと思ったところは、「ヤンキー」のところ。ヤンキーは「ヘテロな性愛があるのが当然というか、ない世界は考えられない」(P107)とした上で、「異性のパートナーが介在してくるとおたく度は希薄になります。こうして見ると、おたく的な人が性的にも経済的にも成功すると、ヤンキーに近づいていくのかもしれませんね」(P110)としているところ。おたくとヤンキーを、そんな風に結びつけて考えたことがなかったなぁ…と、ちょっと新鮮だった。

それにしても、各キーワードの中で、著者の2人が一番熱を持って、しかも肯定的に論じているのが、この「ヤンキー」の部分のような気がして仕方ない。斎藤環さんは、引きこもりやおたくについての著作があるし、酒井順子さんは言わずと知れた「負け犬の遠吠え」の著者なので、おたくや負け犬、腐女子(一応、おたくのカテゴリーということで…)には、わりと批判的なスタンス。これはやっぱり、2人にとって一番接点のないのが、ヤンキーだからに違いない。

ちなみに「腐女子」については、「関係性に萌える女性原理を突き詰め、ヘテロかゲイか、生身かそうでないかに固執しない。虚構内にセクシュアリティを封じ込めることに成功していて、男性おたくのようにルサンチマンをため込むこともなく、現実の性行動に消極的」と斎藤さんは論じている。すごい言われようだけど、きっぱり全否定できないこの感じは何? 「ヘテロかゲイか」はともかく、「生身かそうでないか」は、別に腐女子だけの性愛的特性じゃなく、おたく全般なんじゃないの?と、ささやかに突っ込みはしたけど……。でも、「腐女子」は「負け犬」と、年齢的に被るところがあるためか、どうも内容が「負け犬」に引っ張られ気味になってしまうのが、ちょっと惜しい。

それぞれのキーワードの中で「性愛」について論じられてはいるけど、「だからどうする?」という部分が論じられているわわけではない。このあたりの薄さは、「各キーワードの簡単な解説書」風な印象と同じで、ちょっと残念な感じしないでもない。でも――がっつり論じられていたらいたで、それこそ「そんなことはないだろ」と、突っ込みまくっていたかもしれないのだけどね。


レビューを読むと、今すぐそれを読みたくなってしまう――アラスカさんのブログ「三十路のBL読書日記…ボーイズラブ小説&コミック」をリンクに追加しました。
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Tags: 東浩紀 斎藤環 酒井順子 オタク論 負け犬 腐女子

Comment 2

2007.04.07
Sat
01:30

ようこ #onVA9wqc

URL

新書のおたく論も結構出てるんですね~。
興味はあるけど、中々そこまでは手が回らないので、人様のレビューを拝見して、読んだ気になっています(笑)
おたく論だと、サブカル話がメイン(?)って印象があるのですが、腐女子論だと、サブカル話プラス、ジェンダー話って感じ…。
読んでいて面白いですけど、『そんなにジェンダーを気にしながらBLを読んでるのかなー私…?』という、わかったような、わからないようなモヤモヤした気分になってきます。
そして段々、BLを読んで面白いと思えるのなら、ただそれだけでいいや、という心境になってきました~。
飽きたら自然に読まなくなるだろうから。
負け犬と書かれるとグサッときますが、そんなに勝ち負けを気にして生きてないしなあという感じです。(ってこういう思考が既に負けてるのかもしれませんが・汗)

戦後の急速な変化についていこうとしてついていけなかった、歪みのようなものはおたくにも腐女子にも現れてるんだろうな~という気はします。

編集 | 返信 | 
2007.04.07
Sat
02:09

lucinda #-

URL

おたく論、男性おたくを取り上げたものが多い感じですが、このごろ、女性おたくを取り上げたものも増えてきたみたいですね。
まあ、その内容については、当の女性おたくからは「……そうかなぁ…?」みたいな反応が多いみたいですが(笑)。

おたく論がサブカルメインってのは、間違ってないんじゃないかと。かぶってますからねぇ、対象が。
腐女子論も、モノが男同士なのでジェンダーが絡むんでしょうね。場合によってはフェミニズムにも絡むので、ここらへんが、賛否好悪を分けているような気がします。

>戦後の急速な変化についていこうとしてついていけなかった
けっこう若い世代になるにつれ、はじめからついていけるところだけついていく…という感じになってるのかもしれません。あ、まさにデータベース型、かも?

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