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『不機嫌なシンデレラ』(千地イチ)―好み全部盛りな爽快シンデレラストーリー

 03,2018 23:56
商業BL小説の元気のなさに、ぶーたれがちな今日このごろだけど、それでもまだまだ、BL小説は侮れない、捨てたもんじゃないなぁ――と思える作品に、出会ってしまった。


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千地 イチ 小椋 ムク

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ある理由でハイブランド「Roger Randolph」の専属モデルを辞め、Rogerの社員になった安西は、面接で根暗な青年・佐山のブランドに対する熱意に惹かれて採用した。佐山は服装がダサすぎて売り場に出せず、商品倉庫の整理をさせられている。何とかしようと佐山を連れ出し、髪や服装を指南して見違える程に変身させた。すると佐山に「あんたに好かれるにはどうしたらいい?」とまっすぐな瞳で見つめられて…!?




読後感爽やか。カタルシスを感じたといっても過言じゃない。正直なところ、裏表紙の内容紹介を読んだ時は、ここまで琴線をかき鳴らされる作品だとは想像していなかった。


千地イチさんの作品だから、わたし好みの可能性は高いだろうとは思っていたけれど――“可能性が高い”どころじゃなかったね。というか、レビューを書こうと整理してみれば、“わたし好み”の要素がふんだんに盛り込まれていることに気が付いた。


そういうわけで、「“わたし好み”の要素」を絡めて、琴線に触れたところをピックアップしてみた。いつも以上に長く暑苦しくなってしまったので、御用とお急ぎでない時にどうぞ。


■安西が佐山を、佐山が安西を、お互いに助けようとする様子がいい!⇒<対等感>


ハイブランドのアパレル企業に入ったというのに、野暮ったくてダサくて、しかも陰気で愛想のない佐山。安西を敵視する安西の同僚・蓮谷に、「みすぼらしいから表に出るな」とまで言われ、入社後8ヵ月も冷遇されていた彼を、安西は強引に休日に連れ出し、美容院に連れて行き、メガネを変えさせ、お古だけどロジャーの服を段ボール箱一箱分、与える。


憧れの企業に入り、変わりたいと思っているけれどどうすればいいかわからない佐山に、安西はそうやって変わるための道筋をつけてやったのだ。


もともと安西にも憧れていたらしい佐山は、「好きになってほしい」と安西に好意を告げるのだけど、安西は戸惑いながらもそれを“鼻先に垂らしたニンジン”のごとく使い、佐山を仕事でも引き立てる。


こう書くと、安西が佐山の気持ちを利用しているイケ好かないヤツ、みたいだけれども、さにあらず。安西の気持ちの根底には佐山への愛情が確かにある、と読んでいたらわかるのだから。


そしてまた佐山も、安西に助けてもらうばかりではなく、自分も安西の力になりたいと切望する。


安西に店長として抜擢された店では好調な売り上げを出したばかりでなく、安西が今も立ち直れないでいる、過去のある出来事から、安西を引き上げようと奔走するのだ。


――こう、攻め、あるいは受けのどちらかが、一方的に相手を助けたり相手に尽くしたりするのではない、お互いがお互いを助けて尽くすこの展開がもう本当に好み! 好みなんです!! <大事なことなのでニ(ry


■抜擢された仕事で、佐山がスタッフのことを、スタッフが佐山のことを語るシーンがいい!⇒<キャラの成長>


佐山が安西に抜擢されたのは、撤退が決まった「Roger Randolph」の姉妹ブランドの店舗を、閉店まで店長として管理するという仕事。


佐山はその店舗の一つ、新宿店を任されるのだが、そこで働くスタッフ選びも任せてもらい、見事な成果を出してみせる。


好調な売り上げの要因を探ろうと、安西はスタッフに、新宿店のことを、佐山のことをどう思っているのか、ヒアリングするのだけど――。


このくだり、安西の視点からではない佐山の人となりや仕事ぶりがクッキリと浮かび上がり、読んでいてわたしも、安西と一緒に「へぇー!」と感心するような気持ちになる。佐山、やるじゃん! と思わず呟きたくなるほどに。


そしてまた安西は佐山に、なぜ今のスタッフを選んだのかを尋ねるのだが、それに対する佐山の答えに、これまた「ほぉー!」と感心させられてしまうのだ。論理的に、かつ感情も大切にしてスタッフを選んだ佐山は、やればデキる子だった! と、やはり安西と一緒に佐山を褒めたくなってしまう。


野暮ったくて愛想のない変人の佐山が、どんどん洗練されていく。接客業などとても無理そうだったのが、確実にスキルを身に着け成果を出していく。


それが、安西の心を得ようとするための結果だとしても、こうまで一生懸命成長しようとする佐山の姿に、愛しさを感じないでいられようか。


「入ったころよりずっと、ロジャーを、……服を好きになっている気がする」という佐山の言葉に、鼻の奥がツンとして佐山を抱きしめたくなった安西、わたしも同じ気持ちだから……!


■佐山と、佐山の母親との再会のくだりがいい!⇒<過去の癒し>


佐山は母子家庭で育ち、厳しい母親に管理されて生きてきた。母親の願いどおり勉強に励み、偏差値の高い国立大に進み、大手の一般企業からの内定も得ていた。


そんな佐山が母親に逆らった唯一のことが、ロジャーに入社したこと。勤め先はもちろん、一人暮らしをしている住所も、母親には知らせていない。


でも佐山は母親の支配から完全に自由になれないでいる。安西に尋ねられても、母親のことを話したがらない。


そんな佐山の葛藤を、安西は見事にほぐしてやる。


安西は一計を案じて母親を訪ね、佐山が働いている新宿店に連れて行く。そこで母親は偶然、佐山と接触するのだけど、ここはとてもドラマチックで、読んでいてドキドキする局面だ。


息子のあまりの垢抜けた変貌ぶりに驚いた母親が、店からの帰り、憑き物が落ちたように穏やかに、安西に息子のことを話すのだが、ここで一気に母親のことを憎めなくなってしまう。


そして母親との再会によって、母親に向き合おうと決意し、前を向く佐山のことが、さらにいっそう、愛おしく感じられてしまう。そう感じさせる安西の物言いや振る舞いに、千地さんに書きぶりに、思わず唸ってしまうのだ。うーん、凄い。


■『シンデレラ』のモチーフやメタファーを想像するのが楽しくてよい!


ストーリーには、タイトルにあるとおり、『シンデレラ』を思わせるモチーフが散りばめられている。例えば「靴」。


佐山は学生の時、ロジャーのウィンドウに展示されていた靴に出会ってロジャーに憧れるようになったし、安西はファッションショーで履く予定だった特別な靴を盗まれ、失意と絶望のもと、モデルを引退した。


この二足の靴が、佐山の憧れの靴は安西によって、安西の失われた靴は佐山によって、もたらされるのが、いかにもこの作品のクライマックスにふさわしく――たまらない。


また、「わたしの王子様」という言葉が、安西と対立する蓮谷の恋人で、安西のモデル仲間だったミアから発せられるのだけど、その後、安西が佐山に「俺の王子様」と告げていて、ちょっとニヤッとしてしまう。うんうん、受けの佐山でなく、攻めの安西が佐山のことを「俺の王子様」と言うのが、なかなかよいですよ!


ストーリー展開は、みすぼらしいシンデレラ(佐山)が継母や姉(母親や蓮谷)に意地悪をされていたが、魔法使い(安西)によって変身し王子(安西)に出会う――というシンデレラのストーリーに見立てることもできるだろうけど、『マイ・フェア・レディ』を連想させられるところもあると思う。酷いなまりの下町娘・イライザ(佐山)を、レディに仕立てるヒギンズ(安西)という風に。そういえば、『マイ・フェア・レディ』も、シンデレラ・ストーリーの一つだ。


でも『マイ・フェア・レディ』と違って、安西は無意識のうちに最初から佐山に可能性と“光”を見出していた。


そして“光”と“闇”の二つの言葉も、ストーリーの中でとても印象的に、繰り返し使われている。佐山の存在を、佐山が背負っている過去の屈託を含めて“闇”と例えられ、その闇は大抵、“光”に向かって進んでいるというニュアンスで綴られる。


それは、安西から見た佐山の成長ぶりのメタファーであり、安西自身の変化のメタファーでもあるのだろう。


うん、ここでも安西と佐山は、“対等”な立ち位置にいるといえるのかもしれない。どちらも成長し、変化していくという意味で。


登場人物すべて、完全な悪者はいない。あの蓮谷でさえ、恋人を通して弱さが語られるし、すでに書いたとおり、佐山の母親も好ましく見えてしまう。そして誰もがしっかりキャラ付けされていて、ストーリー展開に機能している。


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シンデレラストーリーではあるけれど、スポ根的でもあるかな


これまでも千地イチ作品は、新作が出ると期待して買っていたけど――いやはや、千地イチさんの次作が、これまで以上に楽しみだなぁと、このレビューを書くためにまた読み返しながら思うのだった。

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Tags: 千地イチ 小椋ムク 成長 対等

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