『風が強く吹いている 』(三浦 しをん)―駅伝はチーム全員が主役なんだ!

 15,2016 23:29
絶対面白いと確信しているのに、そしてそれゆえすでに持っているのに、なぜか読み終わっていない本、というものが、わたしにはいくつかある。


これはそのうちの一冊。









風が強く吹いている (新潮文庫)風が強く吹いている (新潮文庫)
三浦 しをん
新潮社 2009-06-27
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箱根駅伝を走りたい――そんな灰二の想いが、天才ランナー走と出会って動き出す。「駅伝」って何? 走るってどういうことなんだ? 十人の個性あふれるメンバーが、長距離を走ること(=生きること)に夢中で突き進む。自分の限界に挑戦し、ゴールを目指して襷を繋ぐことで、仲間と繋がっていく……風を感じて、走れ! 「速く」ではなく「強く」――純度100パーセントの疾走青春小説。



周りに読んだ人が多いし、映画にもマンガにもなったし……ということで、ストーリー展開をザックリと知っていたことが、飢餓感を欠けさせていたのか――。


しかも、一応何年も前に読み始めたというのに、冒頭の、走が万引きをして灰二に自転車で追いかけられるシーン辺りで、何度もドロップアウト。決してその辺りがつまらないというわけではないのに、なんでだったんだろうなぁ……。


でも、そんな過去のわたしは死にました(<リリア・バラノフスカヤ from ユーリ on ICE)。走が灰二に連れられて青竹荘の一員となり、住人たちと対面するシーン辺りに辿り着くと、もうドロップアウトなどできるはずもなく、一気に、それこそ箱根路を駆け抜けるランナーのように読み切ったのだった。


■ありえないけど引きこまれる展開

箱根駅伝に臨むメンバーはギリギリ10人だけ。しかもそのうち7人は長距離を走ったことがなく、さらに一人は運動音痴という状態。


それなのにたった8ヵ月で全員が20キロを走れるようになり、駅伝に出場できるほどのタイムを叩き出せるようになる――なんて、現実ではちょっと考えられない。特に、近年のハイスピードな箱根駅伝の記録を鑑みるならば。


しかし、考えられない、ありえない、と思う一方で、


――でも、こういうの、悪くない――


と思わせられるのだ。


――こんな雰囲気のチームが、ひょっとしたらあるかも――


などと想像したくなるのだ。


灰二の策略によって渋々走り始めた青竹荘の住人たちが、時には不平不満を吐き、時にはぶつかったりしながらも、いつしか「箱根駅伝」という目標のもとで、強く結びついていく。もともと青竹荘の住人たちは、互いに仲が悪かったわけではないけれど、箱根駅伝が近づくほどに、まるで不純物が取り除かれて磨かれるように、より強く固く結束していく。


■競技中の10人全員の心理描写が圧巻

その、青竹荘の住人たちの結束の強さをたっぷり堪能できるのは、やはり箱根駅伝当日。なにしろ、10区10人、一人ひとりの感情や気持ちがとても濃やかに描かれるているんだもの!


レース前後は付き添い役のメンバーとの会話で、レース中はランナーのモノローグで、共に練習を頑張ってきた他のメンバーへの思いが語られる。そこで、「あ、キングは灰二のことをそんな風に見ていたのか」とか、「ユキは神童の思いやりに感じ入ってるな」などと、青竹荘の住人たちの“関係性”を想像させられる。もう、行間から、青竹荘の住人同士の信頼と絆が、ビリビリ出ているという感じ。


しかしそれだけではない。彼らは走っている間、自分自身の過去や家族のことなどを振り返り、“箱根後”の将来に思いを巡らせたりもする。それによって10人それぞれの性格や人柄がクッキリと目の前に表れて、「このキャラはこんなことを考えていたのか!」と驚いたり感嘆したりしてしまう。


もちろん、駅伝当日まで、10人それぞれのキャラクター像がボンヤリしていたわけではない。ただ、この作品の主人公は走と灰二なので、駅伝で走るまでは、彼ら以外の8人の内心は描かれていなかった。


それが、クライマックスの駅伝でのレース中に初めて、10人全員の心の内をたっぷりと堪能できるのだ。走っている間は、全員が主役なのだ。なんてドラマチックなんでしょう!


レースのシーンのおかげで、走と灰二の“主人公感”は薄まった感はあるけど、でもほどよい感じ。そして、青竹荘の住人たち全員がより一層愛おしく感じられるのは、言うまでもない。


■灰二がダウンしたシーンがダイスキ

読み終わってみれば、印象深いシーンがあちこちに散らばっているのだが、わたしが一番好きなシーンは、灰二が過労で倒れてしまうシーン。


走は“走ること”にモヤモヤした気持ちを抱え、焦って苛立ち、王子に突っかかる。その走を双子が咎め、青竹荘には険悪なムードが立ち込める。


そんな走を灰二が一喝したとたんに倒れてしまい、険悪なムードは一瞬でなくなり、たちまちその場は殊勝で内省的な空気に包み込まれる。


この展開と、住人たちのやりとりが、真剣ではあるのだけど、ほのかにコミカルでねぇ……。全員がそれぞれ反省しているしんみりとした様子を、“釈迦の入滅を知った森の動物たちのよう”と描写するしをん先生の絶妙さよ!


灰二はただ単に疲れて眠ってしまっただけ、という顛末と、己を省みた走が「本気で箱根を目指す」と宣言して全員を驚愕させ呆れさせる、というオチもサイコーだ。


本当に本当の序盤でもたつき、なかなか読めずにいたけれど、読んでいる間、いつの間にか自分も、走っている青竹荘の人たちの気持ちに共感し、走る喜びや苦しみも一緒に味わっていた。


素人だらけのチームで、一年もしないうちに箱根出場なんて、やっぱり現実にはありえない。でもこのレビューを書くためにネットで「内容紹介」を確認していたら、実際に箱根を走ったという人や、陸上経験があるという人が、走っている間の心理描写などに共感したというレビューを目にして、ジーンときた。


うん、設定は荒唐無稽だけど、走るキャラクターの気持ちは、まったく絵空事じゃない。だから、読んでいくうちに、深く心に染み入るんだよ……!
2017年の箱根駅伝も、もうすぐですね。


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読売新聞社前の銅像
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Tags: レビュー 駅伝

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