『少年の名はジルベール』(竹宮惠子)―生みの苦しみと世に出す苦難を思い、そして商業BLを思う[2]

 15,2016 13:15
“編集者待望論”ともいうべき議論や意見は、ある一定の商業BLファンの間には、長い間ずっと存在している、と思う。少なくとも、わたしが腐女子になった時には、それは既にあった。


つまり、「今の商業BL、特に小説がどれもこれも似通ったテンプレそのものな印象」だったり、「出回っている商業BL小説作品の、筆力やストーリー構成の物足りなさ」だったり、「商業作品として売られているのにも関わらず、びっくりするような誤字脱字の数々がそう珍しくないこと」だったり等々、とにかく一部の商業BL作品の質やレベルの低さは、“編集者が編集の仕事をしていないから”というものだ。だからこそ、


“作家を育て、良質な作品を世に出せるようサポートできる編集者”


を、わたしたちファン、いえ腐女子腐男子は望み求めているのであります! ――ということで、実際、商業BLについて話し合ったオフ会でも、このことは話題になったのだけど。


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――はい。竹宮惠子氏の半生記、『少年の名はジルベール』を読んで、わたしは今さらのように気付いたのだ。


いかにもなテンプレ作品ではない、良質な商業BL作品を生み出すために作家と二人三脚をするのは、何も編集者とは限らないのかも。


実際、『風と木の詩』の誕生とブラッシュアップに関わっていたのは、竹宮氏の当時の担当編集者ではなく彼女の友人だったし、世に出すことも、当時の少女マンガ誌の編集者の多くは却下していた。


とはいえ、いやいや『風と木の詩』は特殊な例であって、やっぱり“作家を育てられる編集者”は必要だし、編集者はそうあってほしいと思っちゃうでしょ――という気持ちは捨てられない。特に、先月見た『浦沢直樹展』で、浦沢氏には一人の編集者がデビュー前からずっとついていて、彼の作品作りに深く関わっていることを知ってからは。


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素晴らしい企画展だった。またやってくれたらいいのに!


この編集者は、今ではマンガ原作者、マンガプロデューサーとなって、やはり浦沢作品に深く関わっている。これぞ“編集者待望論”が理想とする、“作家を育て、良質な作品を世に出すサポートをする”編集者じゃありませんか! あ、2001年以降は、もう編集者じゃないけど。


オフ会参加者の一人が、そういえばこんなことを言っていた。


「マンガ編集者の知人がいるんだけどさ。とにかく編集って忙しいしやらなきゃいけないことが多いんだよね。知人が駆け出しの頃は、担当している作家が少なくて、それこそ昼夜関係なくじっくり話を聞いてたけど、抱える作家や仕事量が増えると、なかなかそうもできないよなぁって思う


確かに編集者が担当する作家は一人だけとは限らないし、作家にピッタリくっつくことだけが仕事でもない。そう言われてみれば、『風と木の詩』が誕生したのは、竹宮氏が断片的なイメージを友人の増山氏に話しているうちに形になったということだった。浦沢作品もきっと、浦沢氏と(元)編集者との深くて濃いやりとりがあったのかもしれない。


――うーむ。作家が作品を生み出すためには、ああだこうだとじっくり話ができる“誰か”が、近いところにいることが大切ということなのかもしれない。それが、仕事上で一番そばにいる編集者であることが望ましいけど、だからといって必ずしも編集者である必要はない、というか。


もちろん、作品内の誤字脱字などは、編集者というか出版社側がしっかり担保するべきだとは思いますけどね。


そして『少年の名はジルベール』を読んでもう一つ思ったことは、


作家自身の、“どうしてもこの作品を書(描)いて世に出したい”という強い気持ちを、果たして今の商業BL作家のどのくらいの人が持っているのだろうか。


ということ。


竹宮氏の『風と木の詩を世に出したい』という熱意は、あの半生記を読んだだけでも並々ならぬものがあった。だからこそ、当時の少女マンガ界のみならず世間に衝撃を与え、今もなお読み継がれ、おまけに現在のBLのバイブル的存在と語られる作品になったのだと思う。


では、今の商業BL作家はどうなんだろう? 何も「世に衝撃を与えたい」とまで思わないにしても、「反対されても、拒絶されても、どうしてもこれを出したい」という気持ちを持っているんだろうか?


『少年の名はジルベール』を読むと、竹宮氏をはじめ、当時の少女マンガ家たちは、その頃の少女マンガ界に焦れるような不満を感じていた。曰く、「今はこんな絵が流行りだからこんな風に描いてと指導される」とか、「編集は常に市場のメジャー志向で動き、作家のセンスを軽視する」とか、「ストーリーラインが類型化しているから変えたいのに、人気があるからと変えるチャンスをもらえない」等々……。


――これって、ほぼそのまんま、わたしや腐友たちの不満じゃん! つか、オフ会での話し合いでも、そっくり同じことでケンケンゴウゴウ熱く話してきたよ!


商業BL作家たちがどう感じているのか、ぜひ聞いてみたいところだけど――ともかく、こうした不満が当時あり、少女マンガ家たちはそのハードルを超える作品を生み出し、少女マンガを変えていった。


もしも商業BL作家たちが何かしら今の商業BLに不満を感じていたとして、それを変えようとする情熱を持っているのか、そしてそれを支える熱意を読者は持っているのか――考えさせられるなぁと思ったのだった。


ところで、商業BLについて話し合ったオフ会の、その内容については、あやめさんのブログが詳しい。


商業BLについて喋るオフ会 (オトコの腐ったようなやつ)


――そうそう、こういうことを話した話した!


実はこういうオフ会、J庭の直前にもあったのだけど、そこで話したことと合わせて、わたしが個人的に一番強く思うことは、


商業BLを出している出版社は、企業努力が足りないんじゃないの? 


ということだ。


あやめさんのブログでも太字で強調されているけど、いや、もうちょっと何とかならないのかと思いますよ、率直に申し上げて。


BL作品を買うと、しばしば「これに感想を書いて送ってね(はぁと)なハガキが入っているけれど、あのー、これ、別にメールでいいんじゃないですか? 


今どき手書きで、しかも切手代を読者に負担させるって、かなりハードルが高いと思いますよ? 求人募集中の企業が手書きの履歴書を求めるのと同じような匂いがする。履歴書にはそれでも、応募者の生活がかかっているといえるけれど、読者ハガキはなぁ……。


ハガキの数によって作家が次の作品を出せるかが決まるっていうのも、インターネットを利用した簡単なアンケートシステムを利用すればいいのに、と思ってしまう。


QRコードなどからダイレクトにアンケートページに飛んだら、喜んでいつもアンケートに回答しちゃうなぁ……。なぜハガキじゃないといけないのか?


商業BLの雑誌っていくつかありますけど、少年マンガ雑誌みたいな、アンケートによる順位発表をやればいいのにって思います。そうしたら作家さんも、励みになることもあるだろうし、なんとか上位を目指したいとか、モチベーションが上がるきっかけにもなるかもしれないでしょ?」


という、参加者から意見が出てたけど、これもほんとそうだよなぁって思う。目に見える競争がないから余計に、まったり何となく、現状維持な部分もあるんじゃなかろうか。


予算や人員、それに個人情報保護などの問題が関係しているのかもしれないけれど、それにしてもねぇ……と思わずにはいられない。


あ、あと、


「私、“姦”の漢字がタイトルにあったら、まず買いません!」


という意見には笑ったことも書いておこうっと。エロさを強調する際の、一つのパターンといえるのかな。個人的には、「花嫁」の文字がタイトルにあると、9割がた避けてしまうのだけど、これは乙女の結婚への憧れをくすぐるパターンということなのかしら。


ともかく、商業BLに何がしかの不満を抱えつつ、わたしやわたしの周りの腐女子・腐男子たちは、もっと面白い商業BLを読みたいと思い、BLジャンルが存続するよう願っている。


ほとんどいないと思うけど、商業BLを出している出版社の方がいらっしゃれば、ちょっと考えていただけたらなぁと思う次第でございます。


商業BLについてしゃべりまくったオフ会を終え、1年ぶりに参加したJ庭は、昨年よりも活気があって、ちょっと嬉しくなった。


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BELNE先生のデビュー40周年記念展示。こちらも思わず見入っちゃいました
※クリックすると別窓で大きく表示されます



参加者の年齢層は高めではあるのだけど、売り手も買い手も、男性の数がまた一層増えていたのが印象的。こうしてBLジャンルが続いていくといいなぁと、心の底から思ったのだった。
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Tags: 腐女子 オフ 腐友 竹宮惠子

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