トム・アット・ザ・ファーム

 17,2015 23:56
BLではちょくちょく、”男同士のダンスシーン”が登場する。アルゼンチンタンゴは男同士でも踊られていたと知ったのは、この作品だったなぁ……。


『つめたい、あなた 』(松岡なつき)
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昨年読んだこの作品も、お気に入り。


『王様、お手をどうぞ』(夕映月子)
王様、お手をどうぞ (ディアプラス文庫)


現在進行形のこの作品もダイスキ。早く続きが読みたい!


『10DANCE 2 』(井上佐藤)
10DANCE 2 (バンブーコミックス 麗人セレクション)


もちろん、「タンゴの男」も忘れられません。


映画でも時折、”男同士のダンス”シーンを見かけるけど、最近見たこの作品にも、とても印象的なダンスシーンがあった。


トム・アット・ザ・ファーム [DVD]
トム・アット・ザ・ファーム [DVD]

監督第3作「わたしはロランス」の劇場公開によって日本でも注目を集めるカナダの若き才能グザビエ・ドランが、カナダ東部ケベック州の雄大な田園地帯を背景に、閉鎖的な家族と地域を舞台に描いた心理サスペンス。恋人の男性ギョームが亡くなり悲しみに暮れるトムは、葬儀に出席するためギョームの故郷を訪れる。しかし、ギョームの母アガットはトムの存在を知らず、息子の恋人はサラという女性だと思っている。トムの存在を唯一知るギョームの兄フランシスは、トムに恋人であることを隠すよう強要。当初は反発を覚えたトムだったが、次第にフランシスの中に亡きギョームの姿を重ねるようになり……。カナダの人気劇作家ミシェル・マルク・ブシャールが2011年に発表した同名戯曲の映画化。映画.comより)



恋人・ギョームの兄・フランシスは、「母親を悲しませないため」に、強制的にトムを自分の考えに従わせる。


最初は反発していたものの、どういうわけか次第にフランシスに逆らわなくなるトム。


そんな時に差し挟まれるのが、ダンスシーンなのだ。


音楽のボリュームを目一杯上げた中でトムをリードしながら、母親に対する不満や疲労感、自分を取り巻く環境の閉塞感をぶちまけるフランシスの姿は、暴力的かつ高圧的な彼にも“弱さ”があるのだと垣間見られて、見ているこちらは不覚にもちょっぴり同情してしまう。


さらに、母親への愚痴を、当の母親に聞かれてしまって大いにうろたえる様子にニヤリとしながらも、フランシスが感じているだろう“気まずさ”にちょこっと共感してしまう。


そして恐らくトムも、この時確実にフランシスへ気持ちが引き寄せられたんじゃないかしら……?


と、二人の関係の小さな変化が、ダンスシーンに巧みに込められているのだ。最初はちょっと面食らった様子で踊っていたトムのぎこちなさが、やがて滑らかになっていくのも、トムの気持ちの変化を表しているように思えて、トレビアン。


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確かタンゴっぽいダンスを踊ってました


母親への気まずさから逃れるようにドライブに出かけたフランシスとトムは、ヤケ酒をあおってしたたか酔っ払い、いつしか、フランシスがトムの首を絞めるという展開になるのだけど――。


トムが首を締められながら涙を流しつつ、フランシスに感じるギョームの面影を悲しそうに囁くシーンはあまりに切なかった! トムがどれほどギョームを愛していたか、どれほどギョームを恋しがっているかが、一気に伝わってきて。


フランシスもまた、トムの言葉を聞いて弟を喪った悲しみを思い出したのか、トムの首を絞める手を緩める。


しかしその後、ギョームの“女性の恋人”設定だったサラが現れ、フランシスが設定した“嘘”が半ば母親にばれてしまう。加えてフランシスが地域から孤立している理由も分かり、トムはギョームの故郷を、フランシスのもとを逃げ出す。


まさに、トムとフランシスの気持ちがちょっと近づいた(ように見えた)のは、二人が体を寄せあってダンスを踊っていた時だけだった、というわけ。


途中、トムの逃亡に気づいたフランシスが追っかけてきて、見ていてハラハラさせられたのだが、なんとかトムは逃げ切った模様。


“模様”ってどういうこと!? って思われるかもしれないけど、この作品、細々としたことが曖昧なままで終わるのだ。


例えば、トムとギョームは恋人同士だったというけれど、どうやらギョームは、男女問わず一夜限りの関係をたくさん持っていたらしい――とサラのセリフから窺えるものの、本当はどうだったのか、実際にギョームがどういう人物だったのか、死因は何なのか、結局よくわからない。


ラスト、母親の姿が見えないのだけど、果たして彼女はただどこかに出かけているだけなのか、それとも失踪したのか、あるいは死んでしまったのか、それもわからない。


フランシスでさえ、本当に弟を侮辱した知人をひどい暴力で傷めつけたことが、近隣の住人から孤立している原因なのか、ほかにも理由があるんじゃないか――と勘繰りたくなる。大体、途中までわたし、フランシスも実はゲイで、そのために保守的な住人たちから敬遠されているのかと想像していたぐらいですから。


なんだか、ストーリーの細かい部分は観客の想像に任せるよ! と、放り出されたような気分で、映画館を出た。ま、しかし、トム、フランシス、フランシスの母親と、3人の緊張感あふれる関係がスクリーンからビシビシ伝わってくる、まさに「心理サスペンス」な作品だったのは間違いない。


――だからなおさら、トムとフランシスの緊張が少し緩むダンスシーンが頭に焼き付いているのかもね……。


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Tags: ゲイ クィア映画

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