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トランスアメリカ

 27,2006 23:46
今年、どうしても見ておきたかった作品のひとつ「トランスアメリカ」。よく行く映画館にかかっていたので、早速観に行って来た。


トランスアメリカトランスアメリカ
フェリシティ・ハフマン ダンカン・タッカー ケヴィン・ゼガーズ

松竹 2007-01-27
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男性であることに違和感を持つブリー(フェリシティ・ハフマン)は、肉体的にも女性になるため最後の手術を控えていた。そんな“彼女”の前に、突然トピー(ケヴィン・ゼガーズ)という少年が出現。彼はブリーが男だったころに出来た息子であることが判明するが、女性になりたい“彼女”は彼を養父の元へ送り返そうとする……。


一応、ネットなどで紹介されている「ストーリー」はそういうことになっているのだけど、いえ、ここからが大変なんですよ!(かなりネタバレなので、ご注意ください)。

そもそも、ブリーとトビーが出会ったきっかけは、トビーがNYで、万引き&ドラッグ所持で警察に補導されたから。そこで、「父親」であるブリーに、「息子」を引き取るように連絡があったのだ。会ってみたらトビーは、行儀が悪く、薄汚いストリートキッズ。どうやら男娼もしていたらしい。もうお父さん、いや、ブリー、大ショック。

しかしトビーは、養父のもとへは帰りたがらない。なぜなら、養父から性的虐待を受けていたから。おまけにトビーの母親は自殺したらしい。ブリー、さらにショック。

結局ブリーは、トビーとともに、LAに向かうことに。途中でケンカしたり、ヒッピーくずれに騙されたり、ブリーの実家に立ち寄ったりしながら、ブリーは手術の日を目指すのだが――。

作品の中で、ブリーとトビーが親子のため、「親子の愛情」が、いろいろな形で表現されているのだが、ブリーがトランスセクシャル、トビーがゲイ(らしい)ということで、ちょっとそれが一筋縄ではいかない。

ドラッグはやるわ、体は売るわで、最初はとんでもないと思っていたのに、トビーが不幸な子ども時代を送ったことを知ってから、ブリーは少しずつ、親の愛情を芽生えさせていく。

トビーは、父親がネイティブ・アメリカンの血を引いていることを信じ、誇りに思っているのだが、実はそれが嘘で、本当はユダヤ系だと、ブリーは言えない。だってブリーは、自分が父親であることさえも打ち明けられないから。それがだんだんと苦しくなってくるブリー。

途中、ブリーが男性であることがバレるのだが、トビーの「嘘つき!」という言葉に、親として、女として、ブリーは傷つく。

初めてセックスや金銭を絡めず、正面から向き合ってくれるブリーに次第に心を開き、恋愛感情のようなものまで抱き始めるトビー。

男性であることを受け入れられず苦しむブリーを、まったく理解できず、一方的に責め立てるブリーの母親。

トビーが息子であるとブリーに打ち明けられ、孫への愛情を爆発させるブリーの両親。

わたしはもともと、こういう親子間の葛藤に弱いのだが、この作品のそれは、ハードながらも、どこか冷めている感じ。ちょっとシニカルというか。もしかしたら、親vs子の言い争いの場面に、近所の人やブリーの妹など、第三者が客観的なセリフを挟んでいたせいかもしれない。

でも、トビーがブリーに打ち解けて甘えたり、金を稼ぐためにブリーに内緒で体を売ったり、ブリーが男性と楽しそうにしゃべるのに嫉妬したりする姿は、健気で切なかったなぁ。初めて恋をしかけたのに、父親だと言われたら、そりゃショックで、家出したくなるだろうよ……。

手術を終えたブリーのもとに、その後、トビーが訪れる。まだわだかまりを残しているトビーを、親の落ち着いた愛情で迎えるブリーが、とてもきれいで素敵だった。作品の最初の頃の、神経質そうな落ち着かない様子だったブリーとは、大違い。それは、嘘をすべて打ち明け、ブリーが逃げずにトビーに向き合ったからだろうと思う。

もう一度、観たいなあと思わせる映画だった。

ブリー役のフェリシティ・ハフマン、この映画では、「…あ、ひょっとして、もしかして……男性?」みたいにも思わせて、役者ってすごいなと心底思った。ほかの映画では、女性そのものにしか見えないもの。

おまけに、嘘モノとはいえ、彼女につけられているペニスは前評判通り、ホンモノっぽかった。何しろ、立ちションまでしちゃいますからね。すごすぎる。

トビー役のケヴィン・ゼガーズも、ナイーブそうでいいんだけど、脱ぐとなぁ……この先、太りそうな体だった。気をつけて!<余計なお世話。トビーは、映画の最後あたりで、髪を金髪に染めてポルノ俳優をやっているのだが、彼の出演作品名が笑えた。「雄牛の穴」って。ええ、ゲイポルノですよ。

主人公たちは、葛藤を抱えながらも日々たんたんと、生活している。そして、そんな彼らを支える人たちがいる。そんな様子が伝わってきたのもよかった。

「ブロークバック・マウンテン」といい、いろいろなセクシャリティを、茶化さずきちんと取り扱っている映画が作られ、ちゃんと翻訳されて日本で見られるというのは、なんだかすごいことだなぁと、思うのだった。

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Tags: クィア映画 MtoF ゲイ

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