江戸の女性はステキなのさ―「江戸のエロスは血の香り」(氏家幹人)、「男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで」(前川直哉)[5]

 24,2013 03:05
前川直哉著『男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで』で「“同性愛”というこの言葉の誕生によって、それまで表現できなかった欲望が表現できるようになった」という一文を読み、とっさに思い出したのは、江戸時代の“女性同士の性的な関係”のことだった。


ここでは、氏家幹人著『江戸のエロスは血の香り』(以下、『江戸』)の中の、女性に関するエピソードを中心に、感想をまとめています。


江戸のエロスは血の香り江戸のエロスは血の香り
氏家幹人

朝日新聞出版 2010-11-19
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■江戸時代のレズビアンは…?


わたしが『江戸』を読みたい! と思った最大の理由は、何かで「女性同士の恋愛にも触れられている」みたいな内容紹介を読んだから。


江戸時代やその前の時代に、男同士の恋愛、つまり男色や衆道は、氏家氏のほかの著作をはじめ、さまざまなところで取り上げられ説明されている。


でも女同士の恋愛は!? なかったわけじゃないと思うし、実際“あった”と聞くこともあるのに、それについて書かれているものをなかなか見つけられず、わたしは長らくモヤモヤしていたのだ。


そんなわけで、『江戸』を手にしてワクワクしながらページをめくったのだけど――

ん? 井原西鶴の『好色一代女』の巻四『栄耀願男(えようねがいおとこ)』? 錦文流『当世乙女織(とうせいおとめおり)』の巻一『新町三輪山(しんまちみわやま)』? どっちも小説じゃない……?


●作品紹介●
『栄耀願男』⇒泉州堺の、ビアンのタチらしいご隠居さんが、奉公人である主人公の女性を一晩中可愛がったという話。
『新町三輪山』⇒利発で容姿も良い、大坂の宿屋の娘が、遊女を身請けし夫婦同然の日々を過ごしたという話。


――いえ、小説でもレズビアンが登場するとわかって、それはそれで満足なんだけど……やはり実在した人物の記録は残っていないのかしら、と思ったら。


熟女が吉原などで、“女遊び”をしていた記録が残っているようだ。『甲子夜話続篇』に残されているのは、出羽国秋田藩主・佐竹義峰の娘で、肥前国平戸藩世子・松浦邦に嫁いだ寿姫の話。20代半ばで夫と一人娘を亡くしたのだが、再婚せずに髪を切って亡くなるまで夫を想い続けたという。


だが寿姫、40代半ばごろに吉原に出かけ、最高級店で売れっ子の花魁・染之助と遊んでいたらしい。染之助と深い仲だったのかどうかは不明だが、寿姫、女好きではあったらしく、屋敷でも可愛い女の子を侍らせていたとか。


――きれいな若い女の子が側にいると、気持ちが華やぐよね! 


だけど女同士の関係の記録って、本当に少ないのね……と実感。
だって寿姫の話以外で紹介されているのは、やはり吉原で女遊びをした大名屋敷の奥女中のエピソードしかないのだ。


こんな風に記録も少なく、小説でも浮世絵でも取り扱いが少なければ、そりゃあレズビアンについての名称はなくても仕方ないのかもしれない。いや、名称がないから記録が少なかったのか……いやいやいや、周囲にバレないようにしていた結果、記録も少なかったのか……?


しかし実際のエピソードにしても小説にしても、レズビアンに遊女が関わっていることが多いのが、ちょっと興味深い。



■綺麗な同性が好き♪ 女たちの花魁見物


寿姫や奥女中が、吉原で女遊びをしていたという話が紹介されていたけど、それとは別に、江戸時代の女たちは花魁見物が好きだったらしいことが、『江戸』の中で触れられている。


女優もアイドルもいなかった時代、人気絶頂の花魁を熱い眼差しで見つめ、その非常な生きざまに喝采する女性も多かった」という説明に納得。花魁は踊りや三味線、和歌、囲碁など諸芸や教養を修めていたというが、庶民でそこまで芸事や教養を身につけている女性はいなかっただろうと思うと、確かにスペシャルな存在に違いない。


しかし1824年、火事での再建のため、別の場所で仮営業していた吉原に訪れた見物客の8割が女性、しかも武家の女性だったということに、ビックリ。


――8割が女性って、すごいんじゃないの? タカラヅカ観劇に来ている男女比のような感じかしら?


武家の女性の吉原見物をした記録には、「ほんとに綺麗だったわー!!」「江戸の花よねー!!」というような感想が綴られているようなので、まさにアイドルやヅカのジェンヌさんをウットリみつめる現在の女性に通じるものがあったんじゃなかろうか。


「どうやら江戸の女たちは綺麗な同性が大好きだったらしい」と氏家氏はまとめているけれど、同性の美しさを手放しで称賛する江戸の女性たちが微笑ましい。そして、遊女だからといって哀れんだり蔑んだりしない真っ直ぐさも素敵。



■男に負けない! 武闘派美女


レズビアンについての記録は予想外に少なくて残念だったけれど、「こんな女性もいたんだ!」と驚いたのが、武芸に熱心だった女性。しかも美熟女。


鹿児島藩主・島津綱貴の妹で、若狭国小浜藩主・酒井忠隆の奥方だった女性は、武芸達者だった。「女性が武芸を好むのはいかがなものか」とクドクド説教をする鹿児島から来た付き人に、女性が武芸をたしなむことについての持論を展開し、「女に武芸は必要ないとか、何言ってるの!?」と付き人を叱り飛ばしたという。


また、鹿児島藩主・島津綱貴の養女で、日向国佐土原藩主・島津惟久の後妻になった女性も武芸に熱心に励んでいた。ある日付家老相手に、万一に備えて女性でも武芸を磨いておくべきと持論をぶち、赤穂事件の浅野家の奥方を批判し、自らが執筆した古今の著名な女武者の事績をまとめた書物2冊を、付家老に渡したらしい。


――強ェェ! つか、どっちも島津家のお姫様って、どうなの! 衆道といい、武芸熱心なお姫様といい、エピソードに事欠かない家だなぁ……!


ほかにも幕臣の未亡人で、息子の教育のために武芸に励んだという話や、父が亡くなり跡継ぎの男子がいないために家を断絶せざるをえなかった一人娘が、男装して父仕込みの武芸の腕を頼みに武芸教室を開き、やがて婿を取って家を再興した話も紹介されている。


なんだかどれも小説やマンガのヒロインみたいで、本当にこんな女性がいたんだなぁと感心してしまった。氏家氏の「彼女たちの心のなかに、勇士の姿に憧れる強烈な男装コスプレ趣味があったのでは」という推測は、「そうきたか!」という感じでニヤニヤしちゃいました。


ところで、わたしは子供の頃から“カッコいい女性”に憧れ、自分もそういう女性になりたいと思っていた。そんなわたしから見て、『江戸』に登場する江戸の女性はシビれるほどカッコいい女性が多くてドキドキする。そしてそのカッコよさの根底にあるのは、“男からの自立”を目指していたということに、大変感じ入った。


――ここまでで、かなり長くなってしまいました。ということで、ラストへ続きます。


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Tags:  氏家幹人 前川直哉 レズビアン 歴史 ヘテロセクシズム 同性愛

Comment 1

2013.09.26
Thu
01:09

lucinda #-

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拍手コメントRES

>09/24 09:28 Fさま
コメント、いつもありがとうございます。「江戸のエロスは血の香り」、表現はアレですけど、小ネタを集めている感じで読みやすく、面白かったです。探究系レビュー…あ、なるほど(笑)。ありがたいお言葉、恐れ入ります。。

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