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“同性愛”という言葉の誕生の影響力―「江戸のエロスは血の香り」(氏家幹人)、「男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで」(前川直哉)[3]

 22,2013 05:22
男同士の精神的な深い交流は“真の友情”であり、女との恋愛なんぞより素晴らしいものだ(※ただし肉体関係はナシ)――といった主張が、学生男色衰退後に繰り返された明治時代後期。


やがて大正時代となって、“同性愛”という言葉が誕生すると、その主張は、ますます揺るぎないものになっていった。


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■“同性愛”という言葉が浮かび上がらせる“男の絆”


“同性愛”という言葉が誕生したのは大正時代だったって、みなさんご存知でしたか?


わたしは『男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで』(以下、『絆』)を読むまで知らなくて、たかだか100年くらい前にできた言葉だったという事実に、ビックリした。


もともとヨーロッパで生まれて普及した言葉だということだけど、それも19世紀末~20世紀初頭のことだったそうで、それが性科学書とともに日本に入り、日本語で“同性愛”という言葉が誕生したという。


そんな、案外新しい言葉である“同性愛”が使われるようになったことで、それまで表現できなかった欲望が表現できるようになったと、『絆』の中で前川氏は説明する。


その欲望とは、「女性同士の性的な欲望」「年齢差に関係のない同性間の欲望」

そうか、それまでレズビアンを表す言葉は日本語にはやはりなかったのか……! と、ちょっと衝撃。“女色”だと、男女の情事になってしまうので、何が違う言葉があるのかなぁなどと思っていたんだけどねぇ……。


そして「年齢差に関係のない同性間の欲望」とは、それまで“男色”で説明されていなかった「年下攻め」、つまり「年下男性×年上男性」も表現できるようになったということ。そう、“男色”とは、年上攻めの関係しか定義されていなかったのだ。


“同性愛”という言葉が浸透したおかげで、それまで男性同士の親密な関係に含まれることも少なくなかった性的な要素は、すべて“同性愛の行為”として括られるようになったという。同時に“同性愛の行為”は、“同性愛者”だけがするものであり、抱く欲望であるとされるようになった。


“同性愛”や“同性愛者”という概念が成立すると、同性への恋愛感情や性的な気持ちは、「同性愛者だけが持つもの」であり、異性愛者にとっては「一時的なもの」などと処理されるようになる――というこの辺りの説明は、読んでいて感心しっぱなしだ。


とりわけわたしが「そういうことか!」と膝を打ったのは、「下ネタが重宝される理由」。


ヘテロセクシズムという価値観のもと、男性が「男の絆」を深めようとすると、ある工夫が必要となります。相手の男性とのつながりを深めつつも、「これは恋愛とは別物だよ」とか「君とセックスしたいわけじゃないよ」というメッセージを発するように求められるからです。

そのためのもっとも有効な方法の一つが、自分は女性に欲情する存在であるとアピールすることです。職場や学校などでの、男性同士のさまざまな付き合いにおいて、異性愛にかかわる「下ネタ」が必ずといっていいほど持ちだされるのには、こうした事情があります。 (P160~161より。太字は管理人)


――もしも下ネタを持ち出さなければ、ゲイ、又はバイだと疑われてしまうかもしれない。そうすると「男の絆」コミュニティから排除されてしまう。なぜなら、「男の絆」は恋やセックス抜きの、「友情」によって結ばれるべきものだから。そして、「男の絆」を結べる男性は“男らしい”男性のみだから。


能動的であるべき“男らしい”男性は、「性的欲望の対象」となることに慣れていない。そのため、男性同性愛者から好意を寄せられることを想像して恐怖に震え、彼らを拒絶するのだ。――


なんというホモフォビアっぷり! 自分が無条件でゲイやバイに迫られると信じているなんて、厚かましいにもホドがあるってもんだけど、実際、そう思い込んでいる男性は多い。これも“同性愛者”という概念が成立したことで表れている状況なんだろうなぁ……。


前川氏も『絆』の中で触れているけれど、“同性愛”という言葉のなかった明治時代、学生たちはいわゆる“同性愛行為”を実行しても妄想しても、「オレ、同性愛者なのかな……。同性愛者だとバレると、除け者にされるかも……」などと悩まなかっただろう。好意を寄せている後輩に敬遠されて、悩むことはあったかもしれないけれど。


明治の学生男色から、思えば遠くへ来たもんだ……!


「男の絆」コミュニティから弾かれないために、男性同性愛者は今も昔も、“ノンケ”の振りを強いられるという前川氏の言葉は、「男の絆」が出来上がるまでの流れを知ると、一層の重みを持って胸に迫る。


女性同性愛者だって、女性同士のコミュニティの中では“ノンケ”の振りをしなければならないという人はたくさんいる。でも、“女らしさ”の有無はあまり関係ないと思うし、男性のコミュニティとはあちこち違うような気がするなぁ……。


ヘテロセクシズムという価値観が強固な社会で賛美される「男の絆」は、精神的男色で結びついている一方で、ホモフォビアであり、同時にミソジニーでもある。


そんな「男の絆」に決して入れないけれど、「男の絆」を“鑑賞”して楽しむ女性、すなわち「腐女子」とBLについての前川氏の見解が、とっても鮮烈で印象深かった。


続きます。


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Tags: 氏家幹人 前川直哉 ゲイ 男色 歴史 ヘテロセクシズム 衆道 同性愛

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