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あの時代の男色が衰退した背景は―「江戸のエロスは血の香り」(氏家幹人)、「男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで」(前川直哉)[1]

 18,2013 23:32
読み終わってすぐ、レビューを書こう! と心に決めてから、気が付けばほぼ2年――。ズルズルと時間だけが流れてしまい、今やレビューどころか、本の内容の記憶さえもボンヤリしてしまっている体たらく。


どうしてこうもいい加減なんだろう……と、激しく自己嫌悪していたのだけど、どんな形ででもレビューとして残しておきたいという気持ちだけは萎えなかったので、夏休みに心して再読したこの2冊。


江戸のエロスは血の香り江戸のエロスは血の香り
氏家幹人

朝日新聞出版 2010-11-19
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江戸時代における、恋と情事と結婚の風景。武士はなぜ男色を好んだのか? 美女の条件は胴長短足? 日常茶飯だった? 妻たちの不義密通。たぎる性欲と禁手淫に悩んだエリート少年の告白など。甘くも苦い、江戸のうずきを感じる一冊。



男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで (双書Zero)男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで (双書Zero)
前川 直哉

筑摩書房 2011-05-27
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「男の友情」は男にしか分からない…。そんな“絆”も、じつは歴史の産物だった。明治時代までさかのぼり、学生の間ではやった「男色」の、その後も展開を追う。いまの男女問題を解くヒントに満ちた、画期的な考察。


『江戸のエロスは血の香り』は、わたしが心密かに“ミッキー”と敬愛している氏家幹人氏のご本ですね。こちらは内容紹介にある通り、江戸時代の人々の恋や結婚、風俗などを、さまざまな文献から紹介し解説されているもの。


『男の絆』は、“男の友情や絆”に対する考え方や捉え方の移り変わりを、明治時代からたどり考察されているもの。


どちらも“男色”が取り上げられているので、何かしらの関連はあるだろうとは思っていたのだけど、読んでみると“男色”が似たような理由で廃れていったことに、感心してしまった。


というわけで、男色の変遷などを中心に、印象深かったことをピックアップして、数回に分けてレビューします。まずは両方の本を読んで共通点を感じたこのことから。


■男色衰退の一因は、“結婚”!?


『江戸のエロスは血の香り』(以下、『江戸』)と『男の絆』(以下、『絆』)の両方で、“男色が盛り上がっていた時代”として取り上げられている時代が二つある。


それは、戦国時代~江戸時代前期にかけてと、明治時代初期。戦国~江戸初期は主君と小姓(家臣)によって、明治初期は学生同士によって。


まあ、戦国~江戸前期については、男色が武士の忠誠や士気に強く影響していたこと、また、勇猛な兵士育成や出世の手段に活用されていたことは、歴史好きには知られていると思う。


一方、明治初期については、どうやら明治維新の立役者でもある薩摩の習俗が影響していたらしい。

薩摩藩では、若者と少年の恋の絆が、互いを切磋琢磨し優れた武士としての成長のきっかけとなると信じられていたのだが、これが、明治時代の学生たち、特に硬派な学生たちを大いに感じ入らせたというわけ。


欧米列強による支配を免れるべく、必死で欧米に学び追いつこうとしていた時代、「オレたちもお互いにもっと勉強に励んで頑張ろうぜ」てな風に、将来を嘱望されていた学生たちは意欲に満ち満ちていたのかもしれない。「女なんかにうつつを抜かしていられるか!」などと、本気で思っていたんだろうなぁ。


とはいえ明治の場合、学生のその気風が全国的なものだったのか(薩摩は間違いなく強かったと思うけど)、東京だけに見られたものだったのか、『江戸』や『絆』を読んでも今一つわからないのだけど。


ところが、そんな風に盛り上がっていた男色は、江戸時代でも明治時代でも、やがて下火になってしまう。どちらも「結婚し、家庭を築くこと」が奨励されたために。


江戸前期まで盛んだった武士同士の男色は、主君と家臣の、あるいは家臣同士の絆を強めていたが、そうした個人の絆は、戦乱の世が統一された太平の世にとってそぐわなくなっていた。


幕府や各藩の藩主としては、家臣たちには何よりも“家”を存続し、主家に忠誠を尽くすことを最優先にしてほしい。それに武士同士の固い絆は、自分たちの地位を脅かすきっかけになりかねない。


太平の世を維持するためには、男同士で絆を強めあってもらっちゃ困る!――というわけで、子を残し家を存続するために結婚が奨励され、藩によって温度差があるものの(薩摩藩の例がある)、武士たちの男色は次第に衰退していったのだ。


武士同士の男色が衰退しても、武士以外の男色は行われていたけれど、こちらも風紀の乱れを取り締まる禁令や流行の廃れにより、徐々に衰退した。


そして明治の場合は、1900年頃から急激に増えた“女学生”の存在が、学生男色の流れを変えたという。


『絆』によると、学生男色は必ずしも全面的に肯定されていたわけではなかった。精神はともかく肉体的接触は、有識者(福沢諭吉とか!)によって問題視されたり、欧米では禁止されていることを根拠に批判されたりもしていた。


しかし女学生が登場したことで、“男女学生交際”が取り沙汰されるようになり、男子学生たちも、“恋愛して結婚し、幸せな家庭を築く”という、当時有識者たちが提唱していたイメージを実現可能なものとして持てるようになった(現実に恋愛結婚ができたかどうかはさておき)


同時にそれまで“お互いに切磋琢磨し合う”とみなされていた男色は、“恋”や“恋愛”の要素だけにフォーカスされるようになり、“男女間の恋の代替物”としてとらえられるようになったというのだ。


女学生が登場するまでは、男子学生が交流していた異性は芸妓や娼妓が多く、彼女らとの関係は“女色”と呼ばれ、学生にとっては墜落でありマイナスであるとみなされていた。だからこそ、お互いに高め合う学生男色は正当化されていたのだが、堅気の女学生との交流は、結婚や家庭へと発展していく可能性がある。


――男色は結婚には結びつかないでしょ? しょせん男女関係の代わりじゃん。どっちが正しいかわかるよね!?――と、こんな具合に、学生男色は正当性を失い、“女学生との男女学生交際”のアンチテーゼにもなれず、衰退した。『絆』の著者の言葉を借りれば、ヘテロセクシズムが制度化して強い影響力を持つようになったのだ。


男色が衰退した背景は、江戸時代と明治時代では違う。江戸時代は社会システムの維持のためだし、明治時代は欧米に倣い、欧米の目を意識していたためだ。しかしどちらの時代の衰退にも“結婚”が少なからず影響していたらしいのは、興味深い。


――まあ、結婚以外で男色に影響するものって、改めて考えるとほかに思い浮かばないけど。


もしも江戸時代、武士同士の男色が衰退しなかったら、戦のない世の中は300年近くも続かなかったのかしら?


もしも明治時代に欧米の目を意識せず男女交際やら恋愛やらが取沙汰されなかったら、“お互いを高め合う”学生男色は細々とでも続き、同性愛に対する考え方は現在、違ったものになっていたのかしら?


学生同士の、お互いに切磋琢磨し合おうとする志(?)は、そんなに悪くないんじゃなかろうかと思うけど――学生男色が盛んなままだったなら、ひょっとしたら、男色で結束した男たちによって、新政府が倒される事態も起こりえたのかもしれない。


西南戦争もあったことだし……って、これも薩摩が関係してるじゃん!


現在、同性婚の是非があちこちで問われているけれど、明治の権力者たちがこれを見たら、どう思うでしょうね。しかもムーブメントの発端は、明治政府が馬鹿にされないようにと意識していたヨーロッパだからね!


ところで、武士同士の男色が盛んだった戦国~江戸時代前期も、学生男色が流行した明治時代初期も、激動の時代、時代の変わり目といえる。


『江戸』『絆』では取り上げられていないけど、日本史上で男色が盛り上がっていた、あるいはエピソードが残っている時代というと、院政期や室町時代が思い浮かぶ。院政期はもちろん時代の変わり目だったけど、室町時代も、たびたび一揆や内乱が起こっていたような……。少なくとも、江戸時代のような盤石なイメージはない。


動乱の時代に、男色が盛んになる傾向があるのだろうか。ん? ということは、平和な時世には男色はそれほど盛り上がっていないといってもいいってこと? 


そうすると、江戸時代の武士同士の男色も明治時代の学生男色も、世の中が落ち着いたから衰退していったともいえるのかしら? 明治時代以降も、結構激動の世の中だったと思うけど……。


実は明治の学生男色が衰退した後も、男同士の絆を巡っては、ゴニョゴニョと落ち着かなかった模様。


続きます。


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Tags: 氏家幹人 前川直哉 ゲイ 男色 歴史 ヘテロセクシズム 衆道 武士侍

Comment - 1

2013.09.26
Thu
01:05

lucinda #-

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拍手コメントRES

>09/20 13:50 Pさま
コメントありがとうございました! 長くなりましたが、どうにか完結しました(泣笑)

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