牛泥棒 【時代モノ de BL】
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時代は明治。攻めの亮一郎は植物学者を目指す帝大の助手だし、彼が密かに想い続けている使用人の徳馬は、ふんどしを着用しているというとってもクラシカルな設定。ほかにも、吉原からひかされた日本髪の元遊女が登場したり、着物比率が高そうだったり、馬車や人力車が走っていたり、レトロなディテールが加えられてはいるのだけど――でもだからといって、これが明治時代だとすぐさまわかるかといえばちょっと違うと思う。あとがきで「明治の植物学者の話」と説明されているので明治時代が背景か…とわかるものの、仮にこの時代背景は大正時代だといわれれば、すんなり納得できそうな雰囲気。
もしかしたら、この時代に詳しい人から見れば「明治時代に決まっている!」という判断基準がどこかにあるのかもしれないけど――そんな知識のない読者がさらっと読む分には、明治か大正かなんて、すぐには判断できないのではなかろうか。そしてその理由は、時代を感じさせる歴史的事件が盛り込まれていないからじゃないかと思っている。たとえば、日清戦争や日露戦争などの大事件は「牛泥棒」作品中では一切触れられていないし、時の内閣総理大臣名も出てこなければ、華族も士族も出てきはしない。本当に、亮一郎と徳馬を取り巻く小さな世界の中でだけでストーリーが進む。
逆にそれゆえ、作品から牧歌的な雰囲気が強く感じられるんだろうなぁと思うのだ。タイトルの「牛泥棒」も、さらにいっそうそんな雰囲気を盛り上げているような。そして、これまでの木原作品と文体が大きく違うわけではないのに、「あー、なんだかのんびりした、ちょっと前の時代の感じ!」と思わされるのは、木原さんの表現力のなせる業かもしれない。セリフの言い回しが現代モノより硬めにされているところもあるけども。
徳馬は幼い頃から「この世のものではないもの」が見えるゆえに、亮一郎の母の失踪の原因も知っているし、亮一郎を数々のピンチ(病気など)から救ってきた。でも徳馬はあくまでも慎ましく、これみよがしなあてつけがましい態度を見せない。大体、当初声を失っていたのだって、亮一郎に母の形見を残したいと思ったからなのだ。どこまでもいじらしくてけなげで、徳馬にこそ、「大和撫子」の称号を送りたいぐらい。男だけど。
それに対して、亮一郎は気持ちいいほど強引でわがままな坊ちゃんぶり。こういう坊ちゃんは、忠実で有能な使用人に組み伏せられるという展開の作品ばかり読んでいたので、そのまんま攻めだという設定が、かえって新鮮だった。あ、これも見ようによっては、亮一郎=頑固一徹で不器用な明治男子というイメージかも。
わがままを言いつつも、亮一郎はここぞという時に徳馬をかばい、守ろうとする。徳馬が自分から離れていきそうになると、無茶をしてでも引き止める。監獄に繋がれている徳馬を連れ出すその手段なんて、強引を通り越して無謀としかいえないのだが、亮一郎の一生懸命さと一途さが感じられて――なかなかカワイイ。
「古山茶(つばき)」「笹魚」では、亮一郎と徳馬の男夫婦っぷりがすっかり板についていて微笑ましい。また、徳馬が飼っている鬼の桑葉が登場して、ますます、牧歌的ムードが増す感じ。亮一郎が面倒を見ている助手・原が椿の妖怪に取り殺されそうになったりしてけっこう大変なのだが、読んでいて身につまされるような切迫感はなく、なんとなくどこかの民話や説話を眺めているような気持ちになるのだ。そんな雰囲気も明治時代ならアリかなぁ…なんて思ったりして。そんなのわたしだけですか。
依田沙江美さんのイラストも作品のイメージにピッタリだと思う。初めて表紙を見た時、木原さんの作品にしてはなんて爽やかな…(<失礼)と思ったほど。ふんどし姿は描かれていないけど、徳馬の書生っぽい姿は素朴で初々しくてナイス!
桑葉もしっかり活躍しているし、結果的には妖怪モノ作品になっているかもしれないけど、このまんま終わってしまうのはちょっぴり寂しい。番外編でも同人誌でもいいから、また徳馬や亮一郎、桑葉に会いたいなぁと思うのだった。
